第3回 『ひよっこ』制作統括 菓子浩プロデューサーに聞く【前編】
朝ドラこと、連続テレビ小説『ひよっこ』(2017年4〜9月)は、高度成長期、お父さんの突然の失踪によって、茨城から東京に働きに出てきた女の子みね子(有村架純)が、たくさんに人たちとふれあい、次第に成長していく物語。
失踪したお父さん(沢村一樹)が記憶喪失で、助けてくれた女優(菅野美穂)と2年半も一緒に暮らしていたという、残された家族にとってはヘヴィなエピソードがあるとはいえ、おおむね、ささやかな日常を丁寧に紡がれる、アンチクライマックス的な世界。そこに生きる人々は、ひとりも突出した何かをもった人はいない。主人公は、大きな夢や目標もなく、日々を生きることにせいいっぱい。「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」精神で、悲しいことがあっても、笑いによってプラスに転じる生き方をしていて、悪人のいない、いさかいのない、善意に満ちた優しくあたたかい物語が愛されて、視聴率は後半にいくに従って、上がっていった。
なぜ、『ひよっこ』はこんなにも優しい世界になったのか。制作裏話を菓子浩プロデューサーに伺いました。
遠くて近い、近くて遠い場所・茨城
──まず、誰もが言うと思いますが、珍しいお名前ですね。
本名です。すぐに名前を覚えていただけるので、仕事をするようになってからはメリットになりました(笑)。父の出身が富山県の新湊市(現在の射水市)というところで、そこは変わった名前が多いんですよ。釣さん、風呂さん、大工さん、味噌さん……。海沿いの町なので漁師が多くて、うちも、お菓子屋さんではないんですけど、なぜか“菓子”なんです。
──『ひよっこ』の漫画家ふたり新田(岡山天音)と坪内(浅香航大)の出身地が富山県なのは、藤子不二雄さんの出身地のみならず、菓子さんとも関係あるのでしょうか(笑)。
富山県出身者を出してと、僕のほうから脚本家の岡田惠和さんにお願いしたわけではないのですが、岡田さんが設定を作るときに、僕の出身地も頭の片隅にあったかもしれないですね。連ドラを作る時——とくにオリジナルの場合は、脚本打ち合わせで、ディレクターも参加して、みんなで自分の体験談を語りあったりして、それがエピソードに使われたり使われなかったり、時には違う形になって出てきたりします。岡田さんとは、以前、『さよなら私』(14年)で一緒に仕事をしているので、僕の出身地や名前の話は既にご存じでした。ただ、元々、藤子不二雄さんに憧れる漫画家ふたりの話を、朝ドラの企画として岡田惠和さんは考えていたことがあって。
他のドラマと比べると、朝ドラや大河は、企画が決まるまでの関門が多く、かなり時間がかかります。部長を超えて局長を超えてと、何人もの承諾を得なければ企画は通りません。当然、通らなかった企画もたくさんあって、その中に漫画家ふたりの話もありました。『ひよっこ』の中には、それ以外にも成立しなかった企画のエッセンスが入っています。
──主人公は茨城で、漫画家たちは富山、ほかに、佐賀や沼津やいろんな地方から登場人物が集まりました。たくさんの地域の出身者を出したわけは?
順に話していきますと、『ひよっこ』は最近の朝ドラに多い、モチーフとなる実在の人物ありきの物語ではなく、岡田さんの持ち味を生かしたオリジナルストーリーでやることになり、まずは、時代が決まりました。岡田さんが高度成長期の真ん中あたりを描きたいと提案されて、東京オリンピックがあった64年からはじめることになり、そこからキャラクターを考えたとき、いろんな地方から集まってきて、各々の方言が飛び交うとあったかい話になりそうだなと思いました。さらに、「集団就職」というキーワードが出てきて取材を進めると、同じ東北でもお互いの方言がわからないというような面白いエピソードを聞きました。それも取り入れて、なるべく各地の出身者を出そうということになりました。
今回、岡田さんは、東京から近いようで遠い、遠いようで近い場所を描きたいと言って、架空の村・奥茨城村という場所を設定しました。そこは、東京まで一見近いようで、例えば、水戸から水郡線にのりかえて、架空の駅・大郷駅で降り、バスに乗り換えて、ひと山超えて、6時間半かかる設定で、距離的に近く見えて実際には遠い。でも、もっと遠いところに比べると近いと言われてしまうという、どこか中途半端な場所であることが、今回の面白さだと思います。