Sep 16, 2016 interview

映画『怒り』公開直前インタビュー(前編)
「答えが分からないもののほうが面白いし、意欲が湧いてくる」人気プロデューサー・川村元気が語るヒット作を生み出す秘訣

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近年の日本映画にないシリアスさを極めた内容ながら、2010年に劇場公開された『悪人』は同年公開の『告白』と共に作品としての評価のみならず興行面でも大きな成功を収めた。一転して、2011年に公開された『モテキ』は震災による自粛ムード一辺倒だった当時の日本に明るい笑いと希望をもたらした。2015年には『バクマン。』、2016年は『君の名は。』が大ヒット。東宝の映画企画部に所属する川村元気プロデューサーは、現在の日本映画界を語る上で欠かすことのでないキーパーソンのひとりだ。新作『怒り』の公開を控えた川村プロデューサーに、これまでにない企画を生み出す秘訣について大いに語ってもらった。

 

――吉田修一原作、李相日監督という『悪人』チームが再び組んだ『怒り』は、ひとつの作品の中で東京・沖縄・千葉でそれぞれドラマが展開する、情報量が多く、とても熱量の高い映画。映画化は簡単ではなかったと思います。企画はどのようにして始まったのでしょうか?

川村 原作小説は読売新聞で2012年から2013年にわたって連載されたものなんですが、連載が終わったくらいのタイミングで、吉田さんから『悪人』を撮った李監督と僕と3人で食事でもどうかと声を掛けられたんです。これは『怒り』を映画化してほしいということかなと(笑)。吉田さんにお会いすると、やはり李監督と僕に『怒り』を映画化してほしいということでした。僕も李監督も『怒り』は小説として非常に面白いとは思っていたんですが、3つのドラマがバラバラに展開するものをどうすれば一本の映画にまとめることができるのか見当がつかず、即答はできなかったんです。

――『悪人』の吉田さんが手掛けた話題のミステリー小説ということで、注目はしていたわけですよね。

川村 もちろん、新聞連載のときから読んでいました。東京で殺人事件が起き、犯人は整形手術をして逃亡。1年後に東京・沖縄・千葉にそれぞれ身元不明の怪しい男が現われるという興味をそそる内容です。ユニークなのは、この手の作品は犯人側に焦点がいくものですが、『怒り』では3人の男たちを愛した人たちが「もしかしたら殺人犯かも」と疑いながらも懸命に信じようとするところ。これまでにないタイプの小説でしたから、もし映画化したら今まで観たことのない映画になるなと思いました。でも、今までにない映画を自分が作るのは大変だなと(笑)。

 

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――数々のヒット作を放っている川村プロデューサーでも『怒り』の映画化は躊躇した?

川村 僕がいちばん抵抗を感じたのは、同じ座組みで映画化した『悪人』がキネマ旬報ベスト・テンの第1位に選ばれるなど作品として高い評価を得たからです。やるからには『悪人』以上の映画に作り上げなくてはいけない。結果的に『悪人』以上に面白く仕上がったと自信を持って言えますが、勝算が見えない段階ではずっとウダウダしていました。

――「これは映画化できる」という手応えを感じた瞬間はいつだったんでしょうか?

川村 吉田さん、李監督、僕とで『オーシャンズ11』みたいなオールスターキャストにしようなんてアイデアは食事をしながら幾つか出していたんです。僕が個人的に「行けるな」と感じたのは、すごく感覚的な話になるんですが戦闘機の爆音が頭の中に思い浮かんだ瞬間でした。吉田さんの小説は『怒り』というタイトルですが、実は怒れない人たちの話なんです。そこが面白いなと僕は感じたんです。怒りに任せて叫んだり、誰かを殴ったりするのではなく、諦めて怒りの感情を呑み込んで生きている人たちの話なんです。それを映画化するにはどうすればいいのか考えたとき、沖縄でデモ行進をしている人たちの叫び声が上空を飛ぶ戦闘機の爆音に掻き消されてしまう光景を思い出したんです。吉田さんの小説を映画化するということは、こういうことなのかなとふと思いました。デモ行進している人たちが懸命に主張しているのに、たった一機の戦闘機の音で消されてしまう様子を、かつて沖縄で見たことがあったんです。人間の叫びや哀しみも一瞬の暴力的な存在によって消されてしまう。そういう音や俳優の肉体性を使って、映画としての勝算を見出せないかということは僕から提案したように思います。

 

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――言葉では表現できないものを、映画というメディアで表現しようということですね?

川村 そうです。文字で表現するんだったら、作家の吉田さんには勝てません。文字や言葉では表現できないものを映画では表現したいんです。沖縄の青い海を見ただけで気持ちが動く瞬間だとか、離島にぽつんとある廃墟やハッテン場の雰囲気だとか、なるべく文字では言い表すことができないものを映像にできればと思いました。坂本龍一さんの音楽もすごく大きな役目を果たしていると思います。言葉には置き換えることができない登場人物たちの心情に近づくには、坂本さんの音楽が必要でした。『戦場のメリークリスマス』は一風変わったストーリーですが、坂本さんの音楽が流れることでエモーションが誘導されていく。あんなふうに『怒り』もなればいいなと。今回の『怒り』のサントラは、『戦メリ』に近いと思います。久しぶりに坂本さんがアナログシンセを多用されていますし。映像や音楽といった映画が使える武器はフルに活かして、吉田さんの原作と闘った気がしますね。