レジェンド声優インタビュー
緒方賢一×平野文 (後編)
arranged by レジェンド声優プロジェクト
声優:緒方賢一
声優:平野文(聞き手)
- 平野:
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あの……緒方さんは、いつもこんな風に毎日ダジャレを言っているんですか?(笑)
- 緒方:
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そうですね。でも、舞台で言うダジャレは必ずリハーサルをしておきたいんですよ。
- 平野:
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アドリブが好きな方には共演者を驚かせてやろうという茶目っ気のある方も多いのですが、緒方さんは共演者にはあらかじめ知っておいてほしいんですね。それはやっぱり、長年、喜劇の舞台をやってきた上でのこだわりなんですか?
- 緒方:
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思いつきの掛け合い芝居も面白いとは思うんですが、よほど上手くないとゴチャゴチャしてしまうじゃないですか。僕は上手くいかないのが一番怖くて。だから準備してきたダジャレも、リハーサルで受けなかったら引っ込めちゃいます。
- 平野:
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周到に計算した上で、それがいかにも即興に見えるように演じるのが大事なんですね。確かに、一流の喜劇役者の皆さんはそうだと聞いたことがあります。ちなみに、緒方さんはいつくらいからダジャレを言い出し始めたんですか?
- 緒方:
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子供の頃からですね。中学生時代はそれで人気者でした。
- 平野:
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当時、その言葉があったかどうかは分からないのですが、「ひょうきん」な子供だったんですね。でもそうするともう50年以上ずっとダジャレを言い続けてきたことになりますよね。苦痛に思ったりしたことはないんですか?
- 緒方:
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ないない。むしろ楽しみですよ。僕はダジャレが“余計なこと”だということを分かっていますから、それをひねり出すために苦しむなんてことはない。苦しくなりそうならやめちゃえば良いんです。しょせんは余計なことなんですから。
- 平野:
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それはすごい悟りですね。でも、とは言え、ダジャレは考えないと出てこないと思うんですよ。そういうアンテナは常に張り巡らせているんですよね?
- 緒方:
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そんな大げさなことでもないんですよ。会話しているうちにポッっと出てくるもので。例えば今、目の前にメガネと差し入れのサンドウィッチがおいてあるんだけど、それで「サンドウィッチに目がねぇ」ってなる(笑)。
- 平野:
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さすがです(笑)。俳人が無意識に俳句のモチーフを探しているのに近い印象を受けました。
- 緒方:
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いや、実は僕の父はホトトギス派の俳人なんですよ。その影響もあって、子供の頃は僕もよく俳句を詠んでいました。
- 平野:
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つながりましたね!
- 緒方:
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いやいやいや……若い頃は私、自分の声大嫌いだったから(笑)。変な声で嫌だなぁってずっと思ってた。この年になってからですよ、自分の声を愛せるようになったのは。
- 平野:
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でもやっぱり緒方さんはその声じゃないと(笑)。そして、声優デビュー、いかがでしたか?
- 緒方:
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ボキャブラリーが貧困なので、俳句よりもダジャレの方が向いていたんだと思う。
- 平野:
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これまで50年以上にわたって言い続けてきたダジャレをネタ帳のようなかたちでまとめたりはしていないんですか?
- 緒方:
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ないんですよ。やっておけば良かったなと今さらながらに思っています。そうしたら2、3冊は本を出せたのに(笑)。
- 平野:
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これまでで一番印象に残っているダジャレはなんですか?
- 緒方:
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改めて言うのは恥ずかしいんだけど、舞台で「あれ、俺の板わさどこ行った?」「あ、ここにいたわさ」ってやったのはウケましたね。そんなふうにウケちゃうと、またやっちゃう。もうガキですよ、ガキ。
- 平野:
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ギャグ以外の演技についても聞かせてください。これは伝え聞いたお話なのですが、緒方さんは演技をするにあたって「十界論」を念頭に置いておられるそうですね。これはどういったものなんでしょうか。
- 緒方:
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人の心のありように、10の段階があるという考え方ですね。10の段階とは、即ち地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界のこと。例えば、僕が、体調を崩して辛そうな平野さんをねぎらう時は慈悲の心、即ち菩薩界にいるわけです。
悪のキャラクターを演じるときは「修羅界」や「餓鬼界」のニュアンスを取り込んだりしてね。それまでは喜・怒・哀・楽だけを勉強していたので、演技にはそれ以上の奥深さがあるのだと知って驚きました。でも、人間を観察・研究していると自然とそこに行き着くんですよ。僕が教師をやっている声優学校でもこのあたりは口を酸っぱくして言っていますね。「外郎(ういろう)売り」(編集部注:発生や滑舌のトレーニングによく使われる演目)ばっかりやってもしかたないよ、って。
- 平野:
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緒方さんほどの人がそうおっしゃるなら皆さん真剣にやられるのでは?
- 緒方:
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そうだったら良かったんですけど、みんなあんまり真面目に考えてくれないですね(苦笑)。今の若い子のほとんどは、キャラクターの外観を見て、安易に声や演技を決めてしまう傾向があるんですよ。だから今『おそ松くん』みたいなアニメをやらせたらみんな同じようなしゃべり方になっちゃうんじゃないかな。それは面白くもなんともないよね。
- 平野:
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ただ、私としては緒方さんがそうして若い子に指導してくださっているというのはとても心強く思っています。