Aug 03, 2016

特集2571

スタジオぴえろ出世作『うる星やつら』に、若手デザイナー・高田明美が起用された理由

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レジェンドクリエイターインタビュー
布川ゆうじ×高田明美
(前編)

       arranged by レジェンド声優プロジェクト

スタジオぴえろ最高顧問:布川ゆうじ
キャラクターデザイナー:高田明美

 

 

(編集部):

まずはお二人の出会いから聞かせてください。

布川ゆうじ
(以下 布川):

出会いはタツノコプロ(当時は竜の子プロダクション)ですよね。私が演出部にいて、彼女がデザイナーとしてキャラクター室に入社してきた。1976年だったかな。

高田明美
(以下 高田):

最初にいつお会いしたのかは忘れてしまったんですけど、一番印象が強いのは、新人歓迎会を兼ねたお花見の時ですね。

布川

ぜんぜん覚えていないんですが、オカマ踊りを踊っていたらしいんですよ(笑)。

高田

布川さんはその後しばらくしてタツノコプロをお辞めになってしまうので、きちんとお仕事をするようになるのは、それから5年半後、『うる星やつら』(1981年~)の時ですね。私にとって、独立するきっかけとなった作品です。

 

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(編集部):

『うる星やつら』で高田さんをキャラクターデザインに抜擢した理由は?

布川

『うる星やつら』って、ちょっと露出の多い作品じゃないですか(笑)。夜7時30分に放送するということもあって、なるべく視聴者に不快感を与えないデザインにしたいなという気持ちがありました。また、原作の高橋留美子さんも女性ですよね。なので、早い時期から女性のデザイナーに依頼しようと考えていたんです。男性のデザイナーだと、どうしても男の欲望が前面に出すぎてしまいそうで……。

 

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(編集部):

そこで、高田さんを思い出した、と。

高田

実はあんまり大きな声では言えないんですが、タツノコプロ在席時にアルバイトでそのちょっと前に作り始めていた、スタジオぴえろ制作『まいっちんぐマチコ先生』(1981年~)のメインキャラクターを描いたりしていたんです。

布川

そこで彼女のタッチを見ていたので、それを活かす場所を探っていたということもありました。『うる星やつら』には、高田明美の淡いタッチがピッタリだなと。あと、これは偶然なんですが、彼女の実家が武蔵小金井のぴえろ事務所(当時)の真向かいだったんです(笑)。

高田

3分でリテイクを指示できちゃう(笑)。

布川

もちろん、それが理由で決めたわけじゃないですよ?

 

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(編集部):

でも、今みたいにメールで画像をサッと送るなんてことができない時代でしたから、近くにいるというのはとても助かりますよね。高田さんは依頼を受けてどう考えられましたか?

高田

声をかけていただいた時はまだタツノコプロに所属していたのですが、当時のタツノコって、オリジナル作品がすごく減ってきていて、キャラクター室の出番がなくなってきつつあったんですよ。それがちょっとつまんないなと感じ始めていて……。指導教官だった天野喜孝さんも辞める、辞めないみたいな話になっていましたし。

(編集部):

渡りに船、的なところがあったんですね。でも、原作付き作品という意味では『うる星やつら』も同じじゃありませんか?

高田

企画が動き出したタイミングって、まだ原作の方も始まってそれほど時間が経っておらず、単行本も4冊くらいしかでていなかったんですよ。ラムの髪の色もはっきり決まっていなかったりして、キャラクターデザインの仕事をする余地があるかな、と。

(編集部):

たしかに単行本の表紙などを見返すと、グリーンだったり、赤っぽかったり、虹色だったりして、一定していませんね。

高田

そこでアニメではラムのトラジマビキニの色に合わせて、このグリーンを選びました。

布川

これは専用に作った色なんだっけ?

高田

いや、これは既存のグリーンですね。

(編集部):

「既存の」とはどういう意味なんですか?

高田

アニメではあらかじめ使える色を定義した「カラーチャート」というものを用意します。「既存の」とはそのチャートに含まれている色という意味です。

(編集部):

なるほど。無限に色を使えるというわけではないんですね。

高田

スタジオぴえろには、タツノコプロの関係者が多かったので、そのカラーチャートを引き継ぎついでいるのですが、色数は倍くらいになっています。ぴえろ初作品である『ニルスのふしぎな旅』(1980年~)が中間色を多用する作風だったので、既存のチャートでは対応しきれなかったんですよね。ですので、色についてはあんまり苦労しませんでした。むしろたくさんの色から選べて楽しかった。『うる星やつら』ではほとんどのメインキャラクターの色を私が決めさせてもらいました。

布川

ちなみにカラーチャートを増やすっていうのは、それだけスタッフの人に配る絵具の数が増えるということですから、予算的には大変。デジタルになった現在では過去の話になっていますが、今にして思うと、よくこんなことをやっていたな、と(笑)。

 

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(編集部):

それでも色が足りない、ということはなかったんですか?

高田

チャートの範囲内で何とかするものだというふうに考えていたので、あまりそういうことは考えなかったですね。あ、でも『うる星やつら』の後にやった『魔法の天使クリィミーマミ』(1983年~)では、主人公・優の髪の色を新しく作らせてもらいました。だから、『魔法の天使 クリィミーマミ』のカラーチャートは『うる星やつら』より2色多いんですよ。