レジェンド声優:井上和彦
インタビュアー:藤井青銅(放送作家/作家/脚本家)
- 藤井青銅
(以下 藤井): -
これまでお三方のレジェンド声優の皆さん(古川登志夫さん、平野文さん、水島裕さん)にお話をお伺いしてきたのですが、皆さんに共通していたのが児童劇団出身であること。でも、井上さんは違いますよね。まずはその辺りのお話からきかせていただけますか?
- 井上和彦
(以下 井上): -
単純に声優や役者の仕事に興味がなかったからですよ。高校生の頃はプロボウラーになろうと思っていました。
- 藤井:
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当時、ボウリングが大ブームでしたからね。
- 井上:
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それで高校卒業後、ボウリング場に就職してプロを目指すことに。ところが、そこで人間不信になってしまい人生計画が大きく狂うことになってしまいました。
- 藤井:
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人間不信とは穏やかじゃありませんね。
- 井上:
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働いて半年くらい経ったころにいろいろなことがあってびっくりしちゃったんでしょうか。人に会うのがいやになってしまったんです。他人がいるエレベーターに乗れないとか、けっこう深刻な状態になってしまって……。これじゃあ仕事はできないとせっかく入ったボーリング場も半年で辞めることになってしまいました。
- 藤井:
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今の快活な井上さんからはちょっと想像ができないなあ。
- 井上:
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今で言う「引きこもり」状態ですよ。何もしたくなくなっちゃって、2か月くらい部屋の中に籠もりっきりになっていました。フトンにコタツを載せて、深夜にテレビが砂嵐状態になるまで付けっぱなしにして……。寝て、起きるだけの生活でした。そういう生活をしているとね、チリがコタツの上に積もっていくのが分かるんですよ(笑)。
ただ、さすがに2か月も経つと食べるものもお金もなくなってくるし、腕もどんどん細くなって行くし……大家さんからも「井上さん、生きてる?」なんて挨拶されるようになっちゃって、これはいかんな、と。それで体力を戻すため、ショック療法的に選んだのがテレビ局の大道具の仕事だったんです。
- 藤井:
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ちょっと声優の仕事に近付いてきましたね! やっぱり芸事にちょっと興味があったんじゃないですか?
- 井上:
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そのときは、どうせ力仕事をするのなら華やかな世界を見てみたいなというくらいの気持ちでしたね。あと、「道具」って名前の響きから、勝手に体力的に楽な仕事なんじゃないかと思ってしまっていたんですよ。
- 藤井:
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いやいやいや……(笑)。
- 井上:
-
そう、テレビの大道具さんは想像と全然違ってめちゃくちゃハードな仕事でした(笑)。初日からステージの土台になる大きな重い平台を40個運ばされるとかとことんこき使われましたね。来る日も来る日もそんな作業が続いて、それで少しずつ体力が戻って、精神的にも徐々に楽になっていきました。そんな時、ボウリング場時代の同僚が、声優になりたいから一緒に勉強しないかって誘ってきてくれたんです。
- 藤井:
-
いよいよ、声優の道を志すことになるんですね。
- 井上:
-
でも当時はまだ「声優」という仕事がどんなものなのかも分かっていなくて……。単にいろいろな訓練をしていくことで、人付き合いがまたできるようになれば良いなというくらいの気持ちでした。
- 藤井:
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そこで具体的にどういう勉強をされたんですか?
- 井上:
-
当時、銀座にあった「テレビタレントセンター」という養成学校に入学して声優としての基礎を教えてもらいました。今でも鮮烈に覚えているのが、週に一度、永井一郎さん(『機動戦士ガンダム』ナレーション、『サザエさん』波平役など)がやってきて、芝居について熱心に指導してくださったこと。授業が終わった後も生徒みんなで永井さんを捕まえていろいろなお話を聞かせていただきました。
- 藤井:
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その話の内容、すごく気になります。
- 井上:
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特に印象的だったのが、演技は小手先の技術よりも、その役になりきることが大事だと言われたことですね。『マジンガーZ』なら、兜甲児になりきって「マジーンゴー!!」って熱く叫ばなければならない。当時の僕はたったそれだけのことができなくてすごく怒られました。「バカヤロウ! そんな小さな声で全長18メートルもあるロボットを動かせるのかよ」って。
- 藤井:
-
これもまた今の井上さんからは想像できないエピソードですね。
- 井上:
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でも、そうして演技の勉強をするのはすごく楽しくって。ボウリングと同じくらい熱心に打ち込むことができました。そうしたら卒業直前の最後の授業の時に、永井さんが青二プロダクションにこないかって誘ってくれたんですよ。
- 藤井:
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それは井上さんだけを?
- 井上:
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いえいえ、中谷ゆみ(『グレートマジンガー』炎ジュン役など)、川島千代子(『UFOロボグレンダイザー』牧葉ひかる役など)、郷里大輔(『キン肉マン』ロビンマスク役など)ら、そうそうたるメンバーのオマケみたいなものでしたよ。
初めて青二プロの社長と面談したとき、永井さんから「こいつはお芝居がAランク」とか、ランク付けされて紹介されるんですけど、僕については「和彦は……Dランクだな(笑)」って。ただ「こいつはまだ何もできないんだけど、ひょっとしたら化けるかもしれない、野生の感性があるんだ」って付け加えてくださいました。
- 藤井:
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野生の感性とは?
- 井上:
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今でも正直よくわからないんですけど(笑)、何か感じてくださるものがあったんだろうなって思うようにしています。
ちなみにこうして同じ事務所に所属することになった郷里大輔とは学校を卒業してからもずっとつるんでいました。三年くらい一緒にバイトしたりしていたんですよ。いつかレギュラーを獲ろうって切磋琢磨していました。