Mar 25, 2016 interview

第1回:挫折と失敗続きだった若き日の井上和彦

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藤井

青二プロに所属してからは順調に仕事が決まっていったんですか?

井上

そんなに甘いものではなくて、最初はずっとバイトの日々でしたよ。それで社長に直談判して、まずは現場の見学をさせてもらったんです。

藤井

スタジオで先輩方の演技を見てどう感じられました?

井上

あまりにもすごすぎて、そのすごさがわからなかったというのが正直なところです。それで自分でもできるんじゃないかって思ってしまったんですよね。そうしたら、当時事務所の先輩だった富田耕生さん(手塚アニメの多くでヒゲオヤジ役を熱演)がプロデューサーに掛け合ってくれて、急遽、『マジンガーZ』の兵士の役をやらせてもらうことになったんです。

藤井

それが、実質的なアニメデビューということになるんですね。

井上

そうですね。ただ、ここでとんでもない大失敗をしてしまいました。あまりに緊張してしまって喋るべきタイミングに声が出せなかったんです。何とか声をしぼり出そうとしたらドンと突き飛ばされて「もう(お前の出番は)終わってるよ」って。結局、後から別録りでの収録となってしまいました。実際にやってみるとこんなに難しいのかと衝撃を受けましたね。

 

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藤井

苦い経験でしたね。でも、それが後に活きたんじゃないですか?

井上

ところがその後、『UFOロボグレンダイザー』(1975年)で初のレギュラー役を獲得するんですが、何と一回で降ろされてしまったんですよ。「大変です、UFOが来ました!」というセリフを上手に言えなくて。音響監督からは「全然、UFOが来たように聞こえないよ」と酷評されてしまいました。それから一年間は仕事がなくなってしまいましたね。

藤井

その一年間は辛かったでしょう。

井上

覚悟ができていなかった自分を情けないと思いましたね。アパートで顔を枕に埋めて毎日のように泣いていました。ただただ悔しかった。

それでこれじゃダメだと思って、近所の土手に行って毎日そのセリフを練習するようにしました。大きな声で「大変です、UFOが来ました!」って何度も何度も繰り返して。3か月くらい続けたかな……途中で通報されそうになってからは、こうわざとらしく台本をもったりしてね(笑)。

それで翌年の正月に、鎌倉の鶴岡八幡宮に初詣に行った帰りの駅前で「大変です、UFOが来ました!」ってやってやったんです。そうしたらみんながすごく驚いてくれて……芝居が通じたぞって嬉しくなりました。もちろん、すぐに逃げましたが(笑)。

藤井

そんなふうにして、少しずつ演技力を磨いていったというわけですね。最初にお話しましたが、子役出身でないという経験の浅さが当初は大きな差になっていたのかもしれませんね。

井上

事務所に入ってすぐのころに三ツ矢雄二(『タッチ』上杉達也役)や水島裕(『六神合体ゴッドマーズ』明神タケル役)、古谷徹(『機動戦士ガンダム』アムロ役など)と仕事をする機会があったんですが、天才にしか見えませんでしたよ。でも同じ世代で同じ人間なんだから、自分もきっとできるようになる。何とかして彼らに追いつこうとずっと考えていました。でも、そのときはまだ自分がきちんとした「役者」になれるとは思ってもみなかったなぁ……。

ただ、いろいろな先輩方にかわいがっていただいて、指導していただいたり、芝居に出させていただいたりするなかで、少しずつ“武器”を手に入れていったように思います。「声が小さい!」「滑舌が悪い!」って怒られるたびに一所懸命それを直していって。手塚治虫先生の『どろろ』ってマンガがあるじゃないですか。あれの主人公(百鬼丸)みたいに少しずつ自分の身体ができあがっていく感じかな。

 

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藤井

そんな井上さんが、自分を「役者」になれたと思えるようになったのはいつ頃なんですか?

井上

うーん、30歳を過ぎてからですね。初めて名前付きの役をもらった『一休さん』(1976年/哲斉役)、その次にやらせていただいた『キャンディ・キャンディ』(1976年/アンソニー役)、初めて主役・白銀ゴロー役を任せていただいた『超合体魔術ロボ ギンガイザー』(1977年)……その後の『サイボーグ009』(1979年)や『蒼き流星SPTレイズナー』(1985年)も、20代の間はずーっとあたふたしていましたよ。

その頃にはありがたいことに2、3本のレギュラー仕事をもらえるようになっていたのですが、もういっぱいいっぱいになってしまって……。まだ一つの役に全力投球しないとまともに演じられなかったので、「こんなにできねーよ!」って事務所に怒鳴り込んだりするほどでした(笑)。

本当の意味で満足できる演技ができたのは40代も半ばを越えたころ。アニメじゃないんですが、『キャスト・アウェイ』(2001年)という映画で演じたトム・ハンクスの吹き替えが、生まれて初めて自分の理想どおりに演じられた役だったと思います。自分の中でこういうふうに演じたいとイメージしたものをスッと出せました。これはぜひ、機会があればご覧いただきたいですね。

 

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構成 / 山下達也  撮影 / 田里弐裸衣

 

 

 

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井上和彦(いのうえかずひこ)

神奈川県出身。二枚目の正統派の役柄を中心として、長く第一線に立ち続けている。近年ではNARUTOのはたけカカシなどの主人公を導く役やジョジョの奇妙な冒険のカーズのような頭の切れる悪役、また夏目友人帳のニャンコ先生のような特徴的なキャラクタ―など、幅広く演じている。声優以外にも、音響監督を務めたりもしている。 「キャンディキャンディ」のアンソニー、「美味しんぼ」の山岡士郎、「サイボーグ009 」の島村ジョー、「タッチ」の新田明男、「蒼き流星SPTレイズナー」のレイジ、「おそ松さん」のお父さんなど多数の声の出演作がある。

 

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藤井青銅(ふじいせいどう)

23歳の時「第一回・星新一ショートショートコンテスト」入賞。これを機に作家・脚本家・放送作家となる。書いたラジオドラマは数百本。腹話術師・いっこく堂の脚本・演出・プロデュースを行い、衝撃的デビューを飾る。最近は、落語家・柳家花緑に47都道府県のご当地新作落語を提供中。 著書「ラジオな日々」「ラジオにもほどがある」「誰もいそがない町」「笑う20世紀」…など多数。
現在、otoCotoでコラム『新・この話、したかな?』を連載中。