Aug 23, 2019 regular
#08

『ジャンゴ 繫がれざる者』:タランティーノと黒人奴隷の西部劇

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若林 ゆり

映画・演劇ジャーナリスト。90年代に映画雑誌『PREMIERE(プレミア)日本版』の編集部で濃い5年間を過ごした後、フリーランスに。「ブラピ」の愛称を発明した本人であり、クエンティン・タランティーノとは’93年の初来日時に出会って意気投合、25年以上にわたって親交を温めている。『BRUTUS』2003年11月1日号「タランティーノによるタランティーノ特集号」では、音楽以外ほぼすべてのページを取材・執筆。現在は『週刊女性』、『映画.com』などで映画評やコラムを執筆。映画に負けないくらい演劇も愛し、『映画.com』でコラム「若林ゆり 舞台.com」を連載している。

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クエンティン・タランティーノが愛するジャンル映画の中でも、マカロニ・ウエスタンは最愛のジャンルだ。彼はこれまでの全作に“マカロニ・ウエスタン的な”モーメントを刻んでいる。しかし、真っ正面から彼なりのマカロニ・ウエスタンを撮ったことはなかった。戦争映画(ミッションを追った男たち)に挑んだ後、ついにそのときが来た。ただし、単なるマカロニじゃない。シュールで残虐なマカロニ的世界の中で、ヒーローになるのはなんと、南北戦争前の黒人奴隷だった!

タランティーノが『ジャンゴ 繫がれざる者』のアイディアを思いついたのは、実は東京でのことだったという。『イングロリアス・バスターズ』のプロモーション・ツアーで来日したときのこと。東京で、アメリカでは売っていないマカロニ・ウエスタン(アメリカではスパゲッティ・ウエスタンだが、彼は日本ではマカロニと呼ぶことを知っていて、日本人と話すときはマカロニと言う)のDVDやCDをしこたま買い込み、ホテルの部屋で戦利品を片っ端からプレーヤーにかけて聴いていた。すると突然、冒頭のストーリーが浮かび、慌ててノートに書き始めたのだ。

「もともと、奴隷制度について興味があったから、黒人奴隷の映画を撮ろうと思っていた」と、タランティーノ。「それも歴史的な映画じゃなくて、ジャンル映画として撮ろうと思っていたんだ。賞金稼ぎになる奴隷を主人公にして。それはもう10年前から決まっていた。それがマカロニ・ウエスタンの典型的なストーリーとガッチリ組み合わさって、動き始めたんだ。俺がマカロニを好きなのは、シュールで残虐な世界観にオペラ的な復讐のストーリー、それでいてユーモアに富み、クールな音楽で盛り上がる、そのごちゃ混ぜ感がたまらないから。そういう世界観が、奴隷制度の残虐性とマッチすると思った。舞台の大部分が南北戦争前の南部だから、ウエスタンじゃなくてマカロニ・サザン(南部)なんだけどね(笑)」

かくしてタランティーノにしか書けない、黒人奴隷の賞金稼ぎヒーロー物語が誕生するわけだが、もうタランティーノ節全開。タランティーノのが「マカロニを好きな理由」に挙げた要素がてんこ盛りで、そこに70年代ブラックスプロイテーション映画の風味もブレンドされている。この「ジャンゴ」というのは、セルジオ・コルブッチ監督のマカロニ・ウエスタン『続・荒野の用心棒』でフランコ・ネロが演じた役。この作品にはネロがとびきりおもしろい形でカメオ出演しているので、そこも見逃さないでほしい。余談だが、タランティーノはこの映画のヒットを受けて作られた「なんちゃってジャンゴ映画」も大好きとか。たとえば『情け無用のジャンゴ』とか『皆殺しのジャンゴ』などがあるが、タランティーノ自身も日本製のなんちゃってジャンゴ映画『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』で伝説のガンマン、ビリンゴ役を演じている。

本題に戻ろう。まず奴隷のジャンゴ(ジェイミー・フォックス)が、ドイツ人の歯科医で賞金稼ぎのドクター・シュルツと出会い、自由を得るところから物語はスタートする。このシュルツを演じるのが『イングロリアス・バスターズ』のランダ大佐ことクリストフ・ヴァルツ。このキャラクターがヴァルツなくして生まれなかったことは明白だ。タランティーノはヴァルツを「男だけど、ある意味で俺のミューズ(笑)」と言っている。シュルツは極悪なブリストル3兄弟の賞金首を追っており、彼らを知っているジャンゴが必要だった。利害関係が一致したのだ。