Aug 31, 2019 regular
#09

『ヘイトフル・エイト』:タランティーノと西部の密室ミステリー

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若林 ゆり

映画・演劇ジャーナリスト。90年代に映画雑誌『PREMIERE(プレミア)日本版』の編集部で濃い5年間を過ごした後、フリーランスに。「ブラピ」の愛称を発明した本人であり、クエンティン・タランティーノとは’93年の初来日時に出会って意気投合、25年以上にわたって親交を温めている。『BRUTUS』2003年11月1日号「タランティーノによるタランティーノ特集号」では、音楽以外ほぼすべてのページを取材・執筆。現在は『週刊女性』、『映画.com』などで映画評やコラムを執筆。映画に負けないくらい演劇も愛し、『映画.com』でコラム「若林ゆり 舞台.com」を連載している。

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クエンティン・タランティーノの長編第8作は、前作『ジャンゴ 繫がれざる者』に続いての西部劇。とはいえまたしても西部劇らしからぬ西部劇で、猛風吹の山小屋に閉じ込められた嘘つきの悪人ども8人が繰り広げる、密室殺人ミステリーだ。ところが、この脚本がインターネット上に流出し、怒ったタランティーノは「もう撮らない!」とお蔵入りを宣言。幻の傑作になるところだった。

この流出事件のことを聞いて、正直、驚いた。脚本流出なんていままでにもザラに起こっているし、実際『イングロリアス・バスターズ』のときはスキャンした全ページがアップされ、おかげで私はセットビジットの前に最後を残してだいたいを読み、翻訳までしてから撮影現場に入れたのだった。なのになぜ、今回に限って怒り狂ったのだろう? このミステリーは、本人が解き明かしてくれた。

「あれはまだ完成版じゃなかった。初期の第1稿で、ほんの数人に意見をもらうためにタイプしたものだったんだ。それが、俺が激怒した理由だよ。俺はプロとして、まだ世に出す前に3回は書き直す必要があるだろうなと思ってたからさ、中途半端な状態のものが出回っちまって、それで怒り狂ったってわけなんだ」

なるほど。世の中では出回ってしまったからタランティーノは書き直した、と思われているようだから、ここでハッキリさせておこう。あれは元々書き直すつもりのものであって、出回ったせいで書き直したわけではないのである。誰がなぜ流出させたかについてはだいたいわかっているようだが(某キャストのエージェントらしい?)、タランティーノは犯人捜しに躍起になってはおらず、脚本のデータをアップして拡散したサイトを提訴した。そういうわけでタランティーノはちゃぶ台をひっくり返し、「もうやらない」とぶちまけたのだ。でも、せっかく書いたのにこのまま終わるのもシャクだ。ならば一夜限りの朗読劇として上演したらどうだろう?

このアイディアに、“タランティーノ組”の名優たちがこぞって乗った。この作品の役をアテ書きされた人たちだ。サミュエル・L・ジャクソン、ティム・ロス、マイケル・マドセン、カート・ラッセル、ブルース・ダーンといった俳優たちがL.A.のエース・ホテルにある劇場に集まり、インディペンデント映画のためのチャリティとして、リーディング・ショーが始まった。タランティーノは客席にキャストを紹介する際、『ザ・タランティーノ・スーパー・スターズ!』と言ったそうだ。ト書きとナレーションをタランティーノが読み、演出を加えながらのリーディングに、1600席の観客は大興奮。「こんな傑作をやらないなんて、バカげてるぜ!」というサム・ジャクソンらの大合唱もあり、気を取り直して脚本を完成させ、撮影することに決めたのだ。

かくして脚本はブラッシュアップされ、役者は揃った。今度の西部劇は、南北戦争から約10年後、舞台はワイオミングの雪山だ。猛吹雪が吹き荒れたその日、駅馬車で何とかロッジ“ミニーの紳士洋品店”にたどり着いた面々は、黒人の元北軍少佐で賞金稼ぎのマーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)、賞金稼ぎの“首吊り人”ことジョン・ルース(カート・ラッセル)、ルースの獲物で1万ドルの賞金首、デイジー・ドメルグ(ジェニファー・ジェイソン=リー)、自称レッドロックの新任保安官で、悪名高い窃盗団の息子、クリス・マニックス(ウォルトン・ゴギンズ)。その店にいたのは、イギリス人の死刑執行人、オズワルド・モブレー(ティム・ロス)、カウボーイのジョー・ゲージ(マイケル・マドセン)、元南部軍の老将軍スミザーズ(ブルース・ダーン)、留守中のミニーに店を任されたというメキシコ人のボブ(デミアン・ビチル)。