Aug 23, 2023 news

イランの音楽は日本の歌謡曲に似ている!? 映画『君は行く先を知らない』パナー・パナヒ監督が語るイランの音楽事情

A A
SHARE

2021年のカンヌ国際映画祭・監督週間でワールドプレミアを迎え、同年の東京フィルメックス・コンペティション部門では仮題『砂利道』として上映されたパナー・パナヒ監督の初長編映画『君は行く先を知らない』。この度、本作の音楽に注目した、メイキング映像が公開された。

映画祭や先行試写などで、「歌や音楽が耳に残る」と話題になっている本作。現在のイランでは誰しもが自由に創作物を発表できる環境ではない。それはイラン革命前と後で明確に分かれる。音楽について、また日本とは大きく異なるイラン国内のカルチャー事情について、パナー監督は次のように語った。

「映画で使われている歌は革命前、考えてみたら50年近く前の音楽です。当時は有名なスターだったシンガーたちが歌っていて、国民誰しもが聞いていた音楽でした。革命があっても彼らの歌は親から子へ受け継がれて聞かれていて、ノスタルジーを感じさせ、いい思い出が蘇るものでもありみんな好きでした。昔の歌と一緒に、子どもたちも大きくなってきた。そして今考えると、昔の歌には歌詞にも意味があり“正しい”音楽だった。革命が起こると体制が好む音楽は違ったりしていて、人々は体制が好む音楽は好まない。だから残らない。でも革命前の歌はノスタルジーもプラスして人の心に残るんです。

そして、今回映画に使ってみて思ったのは、イランの歌は不思議なんですがテンポが速いんですね。だけど歌われているのは別れなど悲しいテーマ。そこにパラドックス(逆説)が生まれています。この映画はパラドックスを大きなテーマとしているので、それも歌を選んだ一つの大きな理由でした。」

「自分は、登場するキャラクターの持っているフィーリングやその時の気持ちを歌で表そうとしていたんです。イランの親世代というのは、海外の音楽では心が動いたりとか悲しくなったりとか思い出を浮かべたりすることができないんですよね。だから昔から本当に自分が聞いていた言葉、音楽、歌だったらこのキャラクターの心も動く。

そしてそのフィーリングは表情に表れてくる。だから海外のオールディーズではなく、イランの曲にこだわりました。クラシックも使っているんですが、クラシック音楽とイランの歌謡曲のテンポって全く違うので、そこでもパラドックスが生まれるんではないかなと思って入れています」

歌とキャラクターの心情を絡める独自のスタンスを明かした監督は、こう続ける。「自分のTwitter(X)で予告映像をアップしていたんですが、そこで使っている歌は映画では使っていないものの雰囲気はすごく似ていた。そうしたら「日本の昔の歌みたいです」とコメントをもらったんです。」

日本でも“レトロ”がブームとなり、世界的にもシティポップの流行など、再発見と再構築のムーブメントが起こっているが、それに対してパナー監督は「世界的に、音楽もそうだしファッションもそうですが、どこか繰り返してる。これはエボリューションではあるんだけれども、芸術の世界ではゼロから作り上げていくことは難しいと感じている。今まであったものを新しい道に作っていくのは正しいと思うんだけれど、ゼロから新しいものを“無理して”作るのは間違いではないのかなと」と、新世代らしい自身の見解も語った。

イラン国内のクリエイター事情については「革命後は、音楽は誰がどのように作ればいいかもわからなくなっていたので、何もなかったんです。革命前の素晴らしいシンガーの曲もイランにいた時は素晴らしい制作陣による高いクオリティだったけれど、海外に行ってしまうと制作陣もバラバラになってしまい、質が落ちてしまった。イランには人材育成の学校もありますが、体制側が好み育てているものは、国民があまり好まない。だからしばらく革命前の音楽を聞くことになりました。

インターネットが発達して全世界の情報も手に入るようになっているし、機材も手に入るようになった。15年くらい前から若者が素晴らしい音楽を作ってますけども発表する場はほとんどない。体制の許可をもらわないといけない。だからネット上で発表し、誰かがダウンロードするというイレギュラーな形ではあるけど、音楽はめちゃくちゃいいんです!」と話した。

音楽にも深い見識を持つパナー監督だが、「次回作にはミュージカルを予定している」とのことで、「日本でも映画を撮りたいと思ってるんだ!」と笑顔を見せた。

映画『君は行く先は知らない』は、2023年8月25日(金) より全国ロードショー。

作品情報
映画『君は行く先は知らない』

荒涼としたイランの大地を走1台の車。後部座席では足にギプスをつけた父が悪態をつきながら、旅に大はしゃぎする幼い次男の相手をしている。助手席の母はカーステレオから流れる古い歌謡曲に体を揺らし、運転席では成人した長男が無言で前を見据えている。次男が隠し持ってきた携帯電話を道端に置き去ったり、尾行に怯えたり、転倒した自転車レースの選手を運んだり、余命わずかなペットの犬の世話をしたりしながら、一家はやがてトルコ国境近くの高原に到着する。旅の目的を知らない次男が無邪気に騒ぐ中、両親と長男は‥‥。

監督・脚本:パナー・パナヒ

出演:モハマド・ハッサン・マージュニ、パンテア・パナヒハ、ヤラン・サルラク、アミン・シミアル

配給:フラッグ

©JP Film Production, 2021

2023年8月25日(金) 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国ロードショー

公式サイト hittheroad-movie/