「嫌な予感がする」という台詞の裏側にあるもの
──石井監督は慎二(池松壮亮)に「悪い予感がする」と言わせていますが、それは石井監督自身が今の時代や東京に対して感じていることなんですよね。
石井 いいことは起きないですよ。特に東京はそうじゃないですか。嫌な予感しかしない。僕は1983年生まれで、物心がつく前ににバブルが弾け、95年に阪神大震災が起き、同じ年に地下鉄サリン事件もあり、その2年後には少年Aが出てきたわけです。そんな時代に少年期を過ごしてきた。もう、嫌な予感しかしませんでしたよ。希望という言葉は知っているけど、希望というものを信じたことがないんです。西鉄バスジャック事件も秋葉原殺傷事件も加害者はみんな少年Aと同じ年齢です。僕はひとつ年下になるんですが、僕らの世代は少年Aと呼ばれないよう、少年Bになれるように頑張ってきたけど、そんな中で脱落して失敗する同世代の人を何とも言えない気分で見てきたんです。そこへまた震災が起きて、原発事故があって……。僕らにとっては、「なぜ悪い予感がするんですか?」と尋ねられても、悪い予感しか感じられないんです。でも、そんな中でどうにか光明みたいなものを、まだ見えてはこないんですが、何とか感じられるものをという想いで映画をつくったんです。
石橋 完成した『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』は2回観ました。最初は冷静に観ることができなかったんですが、2度目に観たときに「あっ、私も東京あんまり好きじゃないんだな」と気づいたんです。それまでは自分の気持ちを誤摩化してきたというか、嫌だなと思いながら生きていくのは辛いので、なるべく嫌なことは考えないようにし、目を向けないようにしていたんです。でも、私が演じた美香はそんな嫌なこともちゃんと見据えている。美香を演じることで「東京が好きじゃないのは私だけじゃないんだ」と気づけたように思います。東京って、どこか窮屈さを感じさせる。単純に人が多いということもあるんだと思いますが、街を歩いていても社会で暮らしていても、人とぶつからないようにしなくちゃという意識が働いてしまいますよね。今回、映画に出演したことで、これまで気づかなかった色んなことに気づけたように思います。
石井 僕も石橋さんも東京が嫌いなんだけど、でもそれって愛憎が半ばするものだと思う。東京は嫌いなんだけど、好きでもあるわけです。慎二に「嫌な予感がする」と言わせているけど、でもそれは期待もしていたということ。東京で暮らし続けていたら、きっといいことがあるよなんて根拠のないことを言っちゃいけないけど、でも何かをこれから見つけることができるかもしれないという可能性はあると思うんです。それは今回の映画に込めたかったことですね。
──ひとりでは見つからないことも、誰かもうひとり横にいてくれれば、もしかしたら見つかるかもしれないと。
石井 そうですね、そういうことだと思うんです。
石橋 (うなずく)
石井 何が起きてもおかしくないというのが大前提としてあって、それならいいことが起きる可能性もある。映画の中でやはり慎二に言わせているんですが「とてつもなく、いいことが起きるかもしれない」と。そのことは映画を通して伝えなくちゃいけないなと思いましたね。
石橋 今回の映画で何度もペチャンコになったんですけど、オールアップした瞬間は「何て楽しい現場だろう」と思えたんです。きっとテンションが上がっていたんでしょうね(笑)。でも、ここまでペチャンコになる経験は人生でそうそうないだろうと思えたし、自分の中にあった余計なプライドみたいなものを捨て去ることができたという感覚があったんです。この映画に出演したことで、自分のことばかり考えるんじゃなくて、もっと人の声をちゃんと聞こうと思うようになりました。それって私にとっては大きな変化。つらいけど、とても楽しい経験でしたね(笑)。
──「otoCoto」では毎回、クリエイターのみなさんに愛読書を教えてもらっています。お2人のお勧めの本は?
石井 自分がいちばん好きな本ということですよね? う〜ん、人にあまり教えたくないのは何故だろう。好きなミュージシャンを尋ねられても、いちばん好きなミュージシャンは教えたくないとかってない?
石橋 自分がお気に入りのものをみんなが一斉に手にしたら、嫌だってことですか(笑)。私がこれまでに読んだ本で印象に残っているのは、夏目漱石の『こころ』ですね。小説らしい小説を読んだのはそれが初めてで、すごく感動しました。17歳のときです。
石井 僕は女子みたいな本の読み方をするんです(笑)。自宅のお風呂に入って、のんびりと本を読むんですが、そのとき持ち込むのは開高健さんの本ですね。18歳くらいのから開高さんの本はいろいろと読んできたんですが、僕は本を読むときに線を引く癖があって、その線を引いた箇所の前後を読み返している時間がすごく楽しいんです。18歳の頃の自分はなぜここに線を引いたんだろうとか、この線を引いた部分に何を感じたんだろうとか思い返すのが面白い。本についてはまだまだ語りたいので、また次回ゆっくり答えさせてください(笑)。
取材・文/長野辰次
撮影/三橋優美子
石井裕也(いしい・ゆうや)
1983年埼玉県出身。大阪芸術大学の卒業制作『剥き出しにっぽん』(05年)でPFFアワードグランプリを受賞し、PFFスカラシップ作品『川の底からこんにちは』(10年)で商業デビュー。同作でブルーリボン監督賞を最年少で受賞。『舟を編む』(13年)は日本アカデミー賞の最優秀作品賞、最優秀監督賞を受賞。その後も『ぼくたちの家族』『バンクーバーの朝日』(ともに14年)、深夜ドラマ『おかしの家』(TBS系、15年)と精力的に作品を発表している。
石橋静河(いしばし・しずか)
1994年東京都出身。4歳からクラシックバレエを学び、09年から4年間米国とカナダへダンス留学する。帰国後はコンテンポラリーダンサーとして活動を開始する一方、16年には野田秀樹演出の舞台NODMAP『逆鱗』にも役者として出演。17年は『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の他、瀬田なつき監督『PARKS パークス』行定勲監督の『うつくしいひと サバ?』、三宅唱監督『密使と番人』などの出演作が控えている。
『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』
奥手な主人公が下宿先や職場の人たちと時間を掛けて繋がってく過程を描いた『舟を編む』(13年)、形骸化していた家族が母親の入院をきっかけに再生していく『ぼくたちの家族』(14年)など、石井裕也監督はこれからの時代の新しい家族像、人と人との繋がり方を題材に映画を撮り続けてきた。3年ぶりとなる劇場公開作『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』は都会で暮らす孤独な男女が出逢い、交際を始めるまでを描いた極めてシンプルなラブストーリーだ。商業デビュー作『川の底からこんにちは』(09年)や大ヒット作『舟を編む』で国内の映画賞を総なめにした感のある石井監督の第2章の始まりを感じさせる。
東京の病院で看護士として働く美香は、夜はガールズバーに勤めるという二重生活。愛想笑いを重ねる度に自分の心が乾いていくような苛立ちを感じていた。そんなある晩、ガールズバーを職場の同僚たちと訪ねてきた肉体労働者の慎二(池松壮亮)と知り合う。帰り道に偶然再会する美香と慎二。青い月を眺めながら「嫌な予感がするよ」と呟く慎二に、「わかる」とうなずく美香。都会で孤独さを持て余しながら生きる2人は微妙な距離を保ちながらも、自分と似た感覚の持ち主が東京にいたことに安堵感を覚える―。カメラマン・鎌苅洋一が切り取った東京の夜景の美しさに加え、周囲に甘えることができない美香を演じた石橋静河の硬質な魅力、懐の深さを感じさせる池松壮亮の演技力が印象的だ。
原作:最果タヒ「夜空はいつでも最高密度の青色だ」リトルモア刊
監督・脚本:石井裕也
出演:石橋静河 池松壮亮 佐藤玲 三浦貴大 ポール・マグサリン 市川実日子 松田龍平 田中哲也
配給:東京テアトル リトルモア
2017年5月13日(土)より新宿ピカデリー、渋谷ユーロスペースにて先行公開
2017年5月27日(土)より全国ロードショー
(c)2017「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」製作委員会
公式サイト:http://www.yozora-movie.com