Mar 25, 2021 interview

3/26公開『水を抱く女』監督が語る「呪われた悲壮美ウンディーネ像の解放」

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3/26公開『水を抱く女』監督が語る「呪われた悲壮美ウンディーネ像の解放」

クリスティアン・ペッツォルト監督が描く物語の主人公は常に見えない敵と戦っている。最新作『水を抱く女』(3/26公開)のモチーフとなった水の精「ウンディーネ」も然りだ。 1800年代前半、ドイツロマン主義が女性に求めた理想を、ロマンティックな飾り付けで物語に纏め、人々の頭に根付かせたのが悲壮美な「ウンディーネ」像である。現代まで続いたその呪いを解き放つために、ペッツォルト監督は新訳ウンディーネの物語を描き始めた。そのきっかけはパウラ・ベーアという女優との出会いだ。ペッツォルト監督の前作『未来を乗り換えた男』で魅惑の存在感を放ち、昨年の(個人的)大傑作映画『ある画家の数奇な運命』で多くの映画ファンに認知された彼女は、本作でも素晴らしい演技を魅せてくれている。黒にも灰色にもなり、ピンクにもなれる。そして、それらの色彩をコントラストにして自在に演技に映し出せるのが彼女だ。

今回の監督のインタビューでは、ウンディーネに込めたメッセージ、そしてパウラ・ベーアという俳優について、またドイツのドメスティックな問題など、話は三次元の領域を展開し、その中で『水を抱く女』の核心に引き寄せてくれた。ぜひ、あなたもこの現実と神話の狭間にあるリアリティーなファンタジーに引き込まれてほしい。

C・ペッツォルト監督
最新作『水を抱く女』が公開されるクリスティアン・ペッツォルト監督

—今までの作風とは少し変わりスタイリッシュでエレガント、そしてファンタジーでした。水の精「ウンディーネ」という神話をモチーフにしようと思ったきっかけは何だったのでしょう?

ウンディーネの神話は長いこと頭の中にありました。ドイツロマン主義時代に創られた男女の物語*です。そしてそれは一方的に男性目線で描かれています。『あの日のように抱きしめて』を製作しているとき(主演の)ニーナ・ホスと話していたのですが、物語の中の女性像というは常に男性目線です。そんなことを思いながら、私はパウラ・ベーアという女優に出会いました。「ウンディーネ」の神話が象徴する男たちがつくった女性像に抗うことができ、解放することができる女優だと感じました。そこで、この『水を抱く女』の物語の構想が広がっていきました。
*ドイツロマン主義の作家フリードリヒ・フケーが1811年に発表した小説『水の精 ウンディーネ』が現代にも伝わる薄倖なウンディーネ像をつくりあげたといわれる。

—パウラ・ベーアさんが演じたウンディーネの職業はベルリンの都市開発を研究する歴史家というリアルティーの強い設定でした。ファンタジーなキャラクターにリアリティーを並行して持たせようと思ったのはなぜでしょう?

私自身もベルリンに移り住んでから結構経ちましたが、このベルリンという街は独自の言い伝えや歴史的なものをあまり持ちません。これだけの大都市になったのはせいぜい200年くらい前です。調べていく中で、昔々ベルリンという場所は沼地であり、そこの水を抜いて今のように人が住めるようになっていったと知りました。私はその水を抜いたときに、本当は存在していたベルリン独自の歴史やストーリーも同じように抜かれて消えてしまったと想像しました。それを取り戻せる場所として(劇中の)博物館を存在させ、そこで働く人物としてウンディーネを描きました。

3/26公開『水を抱く女』監督が語る「呪われた悲壮美ウンディーネ像の解放」
ベルリン都市開発の歴史家でもある主人公ウンディーネ(パウラ・ベーア)

—劇中で「フンボルト・フォーラム」*というドイツの新しい博物館についてウンディーネが「進歩は不可能という象徴」と批判的に語る場面がありました。現実にドイツ国内では建設に対して多くの議論があったと伺っています。「フンボルト・フォーラム」について、そして劇中に織り込んだ監督の意図を聞きたいです。
*「フンボルト・フォーラム」はコロナ渦の2020年12月にオープンしたドイツ ベルリンの複合文化施設。建設費の膨大化や旧植民地の文化財展示ということで物議を呼んだ。

フンボルト・フォーラムがあった場所というのはかつてベルリン王宮があった場所なんです。それが戦争で爆破された後に、旧東ドイツで共和国宮殿という建物がつくられました。そして東西ドイツが再統一され、それも壊され、その後跡地の活用方法が議論され始めました。そして西側の資本主義的な考え方で、外見だけ昔のベルリン王宮のファザードを装い、中には新しい建物を築くという話になりました。私からすると、西側資本主義のレトロ趣味、懐古主義にしか過ぎないと思っていて、そこに進歩を感じませんでした。ウンディーネという人物は自分自身を解放し、進歩することを願っている人です。だからこそ進歩をしないことを望むフンボルト・フォーラムをウンディーネは否定しています。

—なるほど。自身と対極の存在としてフンボルト・フォーラムが置かれているわけですね。

ドイツは東西に分断されるときに壁がありましたが、それも再統一によってほとんどなくなりました。今はお土産でそのカケラが売っているぐらいしかありません。このように過去を破壊して忘れる、歴史全体もそうだし、ナチスの歴史も然りです。でもこの物語のウンディーネの中には古いものと新しいものが同じ瞬間に有機的に存在している。都市もそういうものであり、そういうものであるべきだと信じています。

—好奇心で一つ、監督に聞きたいことがあります。ビージーズのステイン・アライブのリズムに乗せて人工呼吸をする場面がありましたね。個人的には忘れないシーンになりましたが、あのアイディアはどこから?

実際にドイツでは救命救急の講習をするとき、ビージーズのステイン・アライブを歌って人工呼吸の練習をするんです。ちょうどリズムが合うんです。脚本にはすでにその設定を盛り込んでいたのですが、本作の撮影にあたって主演のお二人、パウラ・ベーアとフランツ・ロゴフスキに潜水の講習を受けてもらった際、講師が実際ステイン・アライブを使ってましたね。あと、私もこの曲好きで使いたかったんです。でも、プロデューサーにはこれ外してくれないか?って言われました。一秒を使うだけでも2000ドルかかったそうです(笑)

—度々お話に出ていますが、パウラ・ベーアという俳優さんを日本でもすごく見る機会が多くなりました。僕もすごく好きな俳優さんです。ぜひ彼女のカメラを向けてないときの素顔や人柄に興味があります。

私はあまり俳優と友人関係になることは少ないですが、彼女は本当にいい友人です。非常に自立心が強く、それでいて謙虚で規律正しい人です。『未来を乗り換えた男』を撮影したときには彼女は23歳だったんですけど、今作『水を抱く女』の撮影時は25歳でした。彼女は、無垢な女の子から大人の女性に一瞬で変われるんですよね。過去、40〜50年代のハリウッド映画を見ても、そこまでの人はいないと思っています。それくらい彼女は素晴らしいです。

3/26公開『水を抱く女』監督が語る「呪われた悲壮美ウンディーネ像の解放」
監督が「音のないミュージカルのよう」と評した二人の出会いの場面

—監督の作品では、表情やしぐさで場面に意味を持たせることが多いですね。監督が俳優に演技面でリクエストをしたことがあれば教えて下さい。

監督が俳優のことを理解していれば、演技に対して指示することは必要ないと思っています。彼ら(パウラ・ベーアとフランツ・ロゴフスキ)に任せれば、頭より先に身体が動いているような、まるで踊りを踊っているような演技になります。私の夢はいつかミュージカル映画を撮ることなんですが、彼ら二人が出逢う場面をリハーサルで演じてもらったとき、まるで音のないミュージカル映画を見ているように思えました。

—本作は3部作の第1作目と伺っています。次回作の構想についても教えて下さい。

シリーズは全3部作を予定していて今回の『水を抱く女』はその第1作目になります。第2作で考えてるのは「火」です。季節は夏、場所は海で、若い人たちが集まっている、そこで森林火災が起こり、それと同時に心にも火災が起こるという危機的な状況を描く話を考えています。3作目はまだ構想がありません。おそらく大地や水など、あらゆる場所に宿る神や精霊がモチーフになると思います。宮崎駿監督が描くようなイメージで。

—宮崎駿監督のお名前が聞けるのはうれしいです。監督は日本の映画も見られるんですか?

私は日本の映画がすごく好きです。特に小津(安二郎)監督とか、溝口(健二)監督ですね。60年代だと鈴木(清順)監督。そして宮崎駿監督、私はジブリの映画も大好きです。実は私の娘は大の日本ファンで毎年日本に行って、ジブリの森からお土産を持って帰ってきます。

—それはとてもうれしいです。最後になりますが、ぜひ日本の映画ファンにメッセージを。

日本のコロナの状況がドイツにいるとよく分からないのですが、早く普通に映画館に足を運べるような生活が来ると良いですね。人を身近に感じることのできる社会的な生活、そして人として広がりが持てる人間的な生活が早く戻ってくることを祈っています。

—ありがとうございます。日本の状況をお伝えしますと、キャパシティーを半分とする制限はあるものの映画館には行ける状態です。

映画館が開いているなんてとても素晴らしい!ドイツは全部閉鎖されています。私は家で映画を観ることはあまり好きじゃありません。映画館で映画を観ることこそフリーダムだと思っています。

(インタビュー・文/オガサワラ ユウスケ )

水を抱く女
映画『水を抱く女』

監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト 『東ベルリンから来た女』『未来を乗り換えた男』

出演:パウラ・ベーア『婚約者の友人』『ある画家の数奇な運命』、フランツ・ロゴフスキ『希望の灯り』『ハッピーエンド』、マリアム・ザリー『未来を乗り換えた男』、ヤコブ・マッチェンツ『5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生』

【2020年/ドイツ・フランス/ドイツ語/90分/アメリカンビスタ/5.1ch/原題:Undine/日本語字幕:吉川美奈子/ 配給:彩プロ】 
Twitter:@undineeiga undine.ayapro.ne.jp
© SCHRAMM FILM / LES FILMS DU LOSANGE / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma 2020
3月26日(金)より新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

STORY
ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネ。彼女はアレクサンダー広場に隣接する小さなアパートで暮らし、博物館でガイドとして働いている。恋人のヨハネスが別の女性に心移りし、悲嘆にくれていたウンディーネの前に、愛情深い潜水作業員のクリストフが現れる。数奇な運命に導かれるように、激しく惹かれ合うふたり。幸せで無垢な新しい愛を大切に育むも、彼女が必死に何かから逃れようとしているような違和感をクリストフが感じとった時、ウンディーネは再び自分の宿命と直面することになる・・・。
官能的なバッハの旋律にのせて、繊細に描写されるミステリアスな愛の叙事詩。

映画『水を抱く女』本編冒頭映像

3月26日(金)より新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

オガサワラ ユウスケ/otocoto編集長

東京都出身。 IT企業の役員を歴任後、2020年に独立起業。現在は株式会社ジナルカ代表取締役、株式会社otocoto取締役兼編集長を務める。昨今の公開状況も影響してか、最近は欧州・東アジアの映画に偏重気味。嫌いな言葉は「朝会」、好きな言葉は「遠回り」です。

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