Aug 05, 2017 interview

マンガの神様・手塚治虫が我を忘れて歓喜! 声優・清水マリがアトムに命を吹き込んだ

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手塚先生が、父が、仲間が、そして子供たちがいたからアトムになれた

 

平野

マリさんは、洋画吹き替えでの経験を経て、1963年に日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』で主役に抜擢されるわけですが、そのきっかけのようなことはあったのですか?

 

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清水

手塚先生が、アニメ『鉄腕アトム』のパイロット版(試作版)を作る時に、「アトムはピノキオをロボットで表現したものだから、そういう声を出せる人を探してほしい」と言ったそうなんです。そして、そのとき、たまたまかつて表現座に所属していた方がその場にいらっしゃって、私のことを思い出して推薦してくださったんですよ。

平野

それは奇跡的な展開ですね!

清水

でもね、それはあくまでパイロット版の話で、実際にテレビ放送が決まった後は、改めて大々的なオーディションが始まって……そこに呼んでもらえなかったものだから、ああ、私のアトムはパイロット版で終わりなのねってガッカリしてしまいました。

平野

なんと! では、そこで別の方になるという可能性もあったわけなんですね。

清水

そうなんです。パイロット版の収録時に、手塚先生が私の手を握って「アトムに魂が入った!」って大喜びしてくださっていたものだから、なおのことショックでしたね。ところが、アニメの放送直前になって、突然、アトムの声はやっぱりあなたにお願いすることになりましたって連絡が来たんです。聞いた話だと、手塚先生が強力にプッシュしてくださったそうで……すごくうれしかった!

 

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平野

手塚先生からしてみても、最初に魂を入れてくださったマリさんの声の印象が強かったのでしょうね。

清水

それから40年、実は何度かアトムの声優を変えようという話があったらしいのですが、そのたびに、手塚先生が「アトムとお茶の水博士の声(勝田久さん)は変えないでほしい」と“天の声”を発してくださって、長くアトム役を続けることができました。

平野

アトムを演じるに当たって、役作りなどはされましたか?

清水

パイロット版の収録時に手塚先生から「小学5年生くらいの男の子のイメージで」と言われたくらいで、特に役作りなどはしていません。「その声でいいよ」と言われた後は、気楽に、やりたい放題にでしたね(笑)。それでも先生からは全く何も言われず……あまりに何も言われないので逆にこちらから聞いたこともあるんですが、「ときどき女の子っぽくなるけど、アトムには女の子っていう設定もあるので、それでもいいんじゃない」なんて言うんですよ。

平野

そんな設定があったんですね!

清水

手塚先生はアトムを、人間と機械の中間、なおかつ男の子でありながら、ちょっと女の子っぽいところもあって……という感じに考えていたみたいです。

平野

そのお話をお伺いして、どうして私たちがアトムの声に引きつけられてしまうんだろうという疑問が解けたような気がします。マリさんの策を弄さないストレートなお声と演技に、アトムらしい品位のある、正義の響きを感じ取っていたんでしょうね。

清水

そこまで誉められると照れちゃいます(笑)。

 

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平野

さて、『鉄腕アトム』と言えば、4年間の放送中、約2ヶ月間、産休をお取りになっていらっしゃいますよね。ファンの間ではもはや有名なエピソードですが、この辺りについても改めて教えていただけますか?

清水

アトム役をやるとき、既にもう結婚していたんですが、当時は演劇に全力集中したかったので、子供を作るつもりはなかったんです。フジテレビのディレクターからも「2年間は子供を作らないでくださいね」ってお願いされていて、実際そのつもりだったんですが……放送が始まった翌年の春くらいにコウノトリが来てしまって……(笑)。

あまりにも申し訳なくて、手塚先生にも直接お詫びしたんですが、「いいですよ、やれるところまで1本でも多く作りましょう」って逆に励ましていただきました。

平野

さすが手塚先生、お優しいですね。

清水

それで9ヶ月目まではがんばったんですけど、そこでドクターストップがかかってしまって、アトム役をお休みさせていただくことになってしまいました。無念でしたね。

平野

私もそうですが、テレビを見ていた子供たちはアトムの声が変わって驚いたんじゃないですか?

清水

そうなんです!それでフジテレビにたくさんの電話がかかってきたそうで……慌てたディレクターが病院に毎日のように電話をかけてきて……「生まれた? 生まれた?」って。生まれたら生まれたで今度は「じゃあ、いつ出てこられる?」ですからね(笑)。ともするとそのまま降板という可能性もあったのですが、皆さんのおかげでまたアトムをやらせてもらうことができました。

実はアトムの役をいただけた当初は、やっと実力が認められたとか調子に乗っていたのですが、とんでもない勘違いでしたね。今、ふり返ると、父がいたから芝居を始め、そこで知り合った方にチャンスをいただき、そしてなにより、手塚先生やテレビを見ていた子供たちに応援していただけたから、40年間もアトムを続けることができたのだということに気付かされます。
父も手塚先生も、お空の向こうに行ってしまわれたので、今となっては御礼を言うこともできないんですが、本当に感謝しています。

 

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構成・文 / 山下達也  撮影 / 吉井明

 

 

 

プロフィール

 

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清水マリ(しみずまり)

6月7日、埼玉県生まれ。81プロデュース所属。主な出演作は『鉄腕アトム』(アトム)、『妖怪人間ベム』(ベロ)、『ジェッターマルス』(マルス)、『宝島』(ジム・ホーキンズ)ほか。著書に『鉄腕アトムと共に生きて-声優が語るアニメの世界』がある。

 

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平野文(ひらのふみ)

1955年東京生まれ。子役から深夜放送『走れ!歌謡曲』のDJを経て、’82年テレビアニメ『うる星やつら』のラム役で声優デビュー。アニメや洋画の吹き替え、テレビ『平成教育委員会』の出題ナレーションやリポーター、ドキュメンタリー番組のナレーション等幅広く活躍。’89年築地魚河岸三代目の小川貢一と見合い結婚。著書『お見合い相手は魚河岸のプリンス』はドラマ『魚河岸のプリンセス』(NHK)の原作にも。