「志磨さんが言葉より先に歌を届けてくださいました」(山戸)
──ちょうどお話しにも出て来ましたが、『溺れるナイフ』の主題歌はもともと志磨さんが以前活動していたバンド・毛皮のマリーズの楽曲で、今回の作品の為にドレスコーズとして新たにレコーディングされたんですよね。
志磨 今回はミュージシャンとして映画のお手伝いをするという立場だけではなく、僕じゃない誰かとして参加している初めての作品なので、広能として画面に映る以上、その後に志磨遼平の歌が流れるっていうことにものすごく違和感があって。世界中でそう思うのは僕だけなのかもしれないのですが、監督はどう思いますか?と相談をしました。
山戸 一度、仮でマリーズバージョンの『コミック・ジェネレイション』を当てさせてもらっていて、私の中ではそれが完璧になっていたんです。なので、志磨さんが新たにレコーディングしてくださるとお聞きして、むしろその時にはもう、「もうデモ録りましたよ」っていう勢いで歌と一緒にお気持ちを届けてくださったので、ストレートに音楽が飛び込んで来て、それもやっぱり、映画みたいでした。映画音楽だったんです。
志磨 僕が悩んでいたのはまさにそこで、映画の中に僕が映っていなければ、ずっとファンだった監督の作品に使っていただけるなんて光栄なので「どうぞ、どうぞ」とマリーズの方の『コミック・ジェネレイション』をお渡ししていると思うんです。それもこれも、僕が映画というものと、自分との距離感を測りかねていたからだと思うんですけどもね。自分のために歌っていた『コミック・ジェネレイション』を、映画のために新たに歌いました、という次第です。
──『溺れるナイフ』という作品を改めて振り返って、俳優・志磨遼平を評価するとしたら?
山戸 芝居勘というものがこの世に存在するならば、確実にその勘が備わっていらっしゃる方ですね。しかも、深くしっかりと。志磨さんへ発する言葉は、ちゃんと志磨さんの体を一度通って世界に波打つんだなってことがすごく伝わって来て。何回でも、行きたいところへ連れ行ってもらえる感じがしました。私は、死ぬまでに映画をあと100本くらい撮って、そのうち100回くらい志磨さんに出ていただきたいです。今までご本人に言葉でお伝えしていなかったのですが、つい言ってしまいました。ぜひ、長期間のヨーロッパツアーなどにゆかれないタイミングで、撮影させてください。
志磨 その予定は今のところありませんので、喜んで(笑)。
──次はこういう役を演じてもらいたいな、という構想などはあります?
山戸 当て書きをさせていただきたいです。でも、今回できっと俳優さんとして世間に“見つかって”しまったと思うので、今後オファーが難しくなるかもしれないな、という心配もあります。他の監督が演出された志磨さんを見るのも楽しみですけれども。
志磨 僕は、方々でも言っているんですけれど、『溺れるナイフ』がきっかけで、また演技をしてみたいという気持ちが芽生えてしまったんですね。これまた僕も、監督を前にして初めて言いますが。一番最初に広能役でオファーをいただいた時に、おとぎ話が出演したような形なんかな、と勝手に思っていたんです。そうしたら、山戸監督初のメジャー作品で、キャストも豪華で、なんだか大事になってしまった、なんで簡単に出ると言ってしもうたんやろって。もともとおとぎ話のメンバーに、山戸監督がもし出てほしいって言ってくれるんならどんな条件でも出るって言うといてって、半分冗談で伝えていたんです。どんなちょい役でも、ひどい男の役でも、尊敬する監督のおめでたい作品のお祝いなのであれば、恥の一個くらいかきますよって言うくらいの単純な動機だったんです。友達に笑ってもらえればいいかなって。
山戸 そういえば、おとぎ話さんたち、いや~志磨くん出て来ると笑っちゃうんだよねって(笑)。
志磨 むむ、あの時の彼らよりは、僕の方がうまくできていたと思うんですがねえ(笑)。
山戸 どうでしょうか(笑)。志磨さんのお芝居の良さって、いや、良さというか、そういうことを超えて、資質としての豊かな資源、素晴らしく耕された土壌が志磨さんの胸に広がっていて。そういうのに触れると、ああ、これまでステージの上でどれだけ闘ってこられたんだろうか、とひしひし感じます。それは、フロントマンだからこそ神経を張り詰めて、演奏というのとは違う意味で、ずっとプレイされてきたんだろうなと。この世界をステージに変え続けて生きてきたんだなって。
──それはつまり、演じる、ということですね。
志磨 褒められることすら願っていなかったことを、言葉にして褒めてもらえました。僕が今までやっていたことって、決して“フロントマンあるある”ではないと思うんです。僕みたいな感じでステージに立っている人って、あまりいなくて。別にそれがセールスポイントにもなっていないし、そうしなければいけないなんてことは全くないけれど、誰もわからないことやと諦めていたから。そうか、そこが山戸監督には伝わったんだと今はじめて知ることができました。
──「otoCoto」は様々なエンタメを紹介するメディアなのですが、お二人に1冊ずつ好きな本(マンガ)又は最近読んだ本(マンガ)を教えていただけませんでしょうか?
山戸 「ピカピカのぎろちょん」です。芸術ジャンルの中で、児童文学がいちばん切ない。死に向かって生まれたことを、いちばん最初に教えてくれる。生きてる間何度忘れても、鮮烈に呼びかけてくれることのほうがずっと芸術の本懐なのだろう。 この本を教えてくれた男の子が、溺れるナイフの志磨さんは最高だってずっと言い続けてくれて、ふたり静かに頷いています。
志磨 「ラッキー嬢ちゃんの新しい仕事」です。昔出て読めなくなってた単行本の復刻版ですが、視点がズームしたり潜りこんだり、とめちゃくちゃに映画的で、なによりセリフ、ストーリー、キャラの全てが痛快で、健康的で、品があって、愛にみちていて、これこそが正しい物語だ!って気になります。そしてなにより、これは女の子のためのマンガです。
取材・文/加藤蛍
撮影/名児耶洋
山戸結希
2012年、上智大学在学中に『あの娘が海辺で踊ってる』でデビュー。2014年、『5つ数えれば君の夢』が渋谷シネマライズの監督最年少記録で公開され、『おとぎ話みたい』がテアトル新宿のレイトショー観客動員を13年ぶりに更新するなど、新作を発表するたび大きな話題に。2015年、第24回日本映画プロフェッショナル新人監督賞を受賞。2016年3月、乃木坂46のシングル表題曲『ハルジオンが咲く頃』で映像監督に抜擢される。いま最も活躍が期待される映画監督のひとり。
志磨遼平
1982年3月6日生まれ、和歌山県出身。毛皮のマリーズのボーカルとして2011年まで活動、翌2012年1月1日にドレスコーズ結成。同年7月にシングル『Trash』(映画『苦役列車』主題歌)でデビュー。2014年9月にドレスコーズのバンド編成での活動を終了し、以降は志磨遼平のソロプロジェクトとなる。発売中のシングル『人間ビデオ』(キングレコード)には映画『溺れるナイフ』の主題歌である「コミック・ジェネレイション」(毛皮のマリーズのセルフカバー)が収録。
■ドレスコーズofficial website
http://dresscodes.jp/
■志磨遼平twitter
https://twitter.com/thedresscodes
映画『溺れるナイフ』
ティーンモデルとして人気を誇るスラリとした長い手足と端正な顔立ちの美少女・望月夏芽は、両親の都合で生まれ育った東京から、地方都市である浮雲町に引っ越すことに。東京とはかけ離れた田舎での生活に、自分が欲する「何か」から遠ざかってしまったと落ち込む夏芽だったが、地元一帯を守る神主一族の跡取り息子・長谷川コウと出会う。傍若無人で気まぐれで、人を寄せ付けない雰囲気を持つコウに「何か」を感じ強烈に惹かれていく夏芽。そんなコウもまた夏芽の類まれな美しさが自分と同じ特別な力を持っていると感じ、ふたりの距離は急激に近づいていく。やがて付き合い始める夏芽とコウだったが、夏祭りの夜に起きたとある事件がふたりの運命を狂わせてしまう。運命のいたずらにより傷を負ったあまりにも未熟で幼い刹那な恋人たちは、再び寄り添い合うことができるのか。未来への一歩を踏み出すために夏芽とコウが下したあまりにも残酷で美しい決断を、山戸監督が圧倒的な熱量と徹底的なこだわりに貫かれたディティールで丁寧に描くラブストーリー。
監督:山戸結希
原作:ジョージ朝倉「溺れるナイフ」(講談社「別フレKC」刊)
出演:小松菜奈 菅田将暉
重岡大毅(ジャニーズWEST)上白石萌音 志磨遼平(ドレスコーズ)
斉藤陽一郎 嶺豪一 伊藤歩夢・堀内正美 市川実和子 ミッキー・カーチス
脚本:井土紀州 山戸結希
音楽:坂本秀一
制作:依田巽 中西一雄
エグゼクティブプロデューサー:小竹里美
企画:瀬戸麻理子
プロデューサー:朴木浩美
主題歌:『コミック・ジェネレイション』ドレスコーズ(キングレコード)
配給:ギャガGAGA★
公式サイト:http://gaga.ne.jp/oboreruknife/
11/5(土) 全国ロードショー
©ジョージ朝倉/講談社
©2016『溺れるナイフ』製作委員会
原作「溺れるナイフ」ジョージ朝倉/講談社「別フレ」KC刊
「別冊フレンド」(講談社)にて2004年10月から2013年12月まで連載され、コミックス全17巻が発売中。2016年8月時点での累計発行部数は170万部を超え、多くのティーン及び、かつてティーンだった世代を虜にした伝説的な少女コミック。ヒリヒリとしたティーン特有の焦燥感や自意識、揺れ動く感情を繊細な筆致と大胆なストーリーテリングで描いた作品。
「おとぎ話みたい」山戸結希監督
気鋭の監督とアーティストがコラボレーションした作品を集め、観客や審査員によって賞を授与する「MOOSIC LAB 2013」にて製作、上映され、グランプリ、最優秀女優賞、ベストミュージシャン賞を受賞した青春劇。山戸結希が、大学時代に最後に監督した作品で、4人組ロックバンド「おとぎ話」が出演と音楽を担当。田舎に暮らす高校3年生の少女・しほは、教師への恋心と夢の狭間で揺れ動き、もがき、傷ついていた。そんな彼女の波打つ感情を繊細かつポップにすくい取った青春ムービー。
発売:TCエンタテインメント
価格:¥4,200+税 DVD発売中
「人間ビデオ」ドレスコーズ
■山戸監督が最近読まれた本をご紹介
「ピカピカのぎろちょん」佐野美津男/復刻ドットコム
永く絶版されていた幻の児童文学作品の復刊版。復刻希望最多と言われた、傑作である。中村宏の挿絵も秀逸で、言葉では言い表せないその世界観は、読者に強烈なインパクトを残し、一度読んだら絶対に忘れられない不思議な気持ちになる。
■志磨遼平さんが最近読まれた本をご紹介
「ラッキー嬢ちゃんの新しい仕事」高野文子/マガジンハウス
高野文子による漫画作品で1998年に新装復刊された。50年代の雰囲気あふれる懐かしの世界、デパートが大好きな少女・ラッキーが繰り広げる冒険活劇。全編にスパイ映画のカメラワークを思わせる多彩な構図・コマ運びが秀逸。