Sep 23, 2016 interview

映画『怒り』川村元気プロデューサーインタビュー(後編)
「新しいドアが開く感覚を楽しみたくて本を手にするんです」売れっ子作家の顔を持つ川村元気が語る新しい読書スタイル

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自分の苦手ジャンルにこそ、宝の山が眠っている!?

 

――作家としての顔も持つ川村さんは、エンターテイメント業界の先輩たちに30代の頃の仕事ぶりについて尋ねた『仕事。』(集英社)に続いて、『理系に学ぶ。』(ダイヤモンド社)を今年4月に出版。直接的に映画業界に関係しない理系畑の第一人者たちに逢いに出掛けるというところが、また川村さんならではですね。

川村 作家の吉田さんと接するのも、文学の世界の人たちと触れ合うことで「映画って何だろう?」と考えることができるからなんです。理系の人たちに興味を持ったのも、数学や物理・化学でモノを考える人たちは今、何を見つけようとしているのかを知りたかったからなんです。結局、掘り下げていく先にあったものは、何を美しいと感じるかといったことや幸せってどう感じるものなのかといったことで、僕たち文系の人間と一緒だということに気づいたんです。その答え合わせがしたかったみたいです。

――答えが合った瞬間はすごく気持ちいいわけですね。

川村 ええ、すごく楽しいです。メディアアーティストの真鍋大度さんやMITメディアラボ所長の伊藤穣一さんとも対談させてもらったんですが、自分が分からないジャンルに飛び込んでいくことで、自分がやろうとしていることが逆に見つかるんじゃないかと僕は考えているんです。それに映画って、自分が体験したことは何でもフィードバックできる場所ですしね。

――素朴な疑問なんですが、売れっ子プロデューサーでありながら、対談集や小説、絵本も執筆。時間はどのようにして捻出しているんでしょうか?

川村 それはもう単純に睡眠時間が短いってことです(笑)。それしかないですね。土日もなく、睡眠時間はだいたい3〜4時間です。今は「週刊文春」で3作目の小説『四月になれば彼女は』の連載もしているので、毎週締め切りに追われるという地獄を味わっています。今年だけでも5月に『世界から猫が消えたなら』、8月に『君の名は。』、9月に『怒り』、10月に『何者』が公開、11月に新刊小説の発刊……と休む暇がまったくありません。でも哀しいことに、エンターテイメントの仕事に関わっていると、「これは映画になりそうだな」とかどうしても考えてしまうので、自分の時間を持つことはムリなんです。

――忙しい中、新刊本やコミックのチェックも欠かせない。リアル書店と電子書籍では、どちらを利用することが多いんでしょうか?

川村 僕の場合は実際に本屋まで足を運ぶことが多いですね。なるべくなら、自分が思いつかないような世界と出会いたくて、僕の場合は本を読んでいるんです。普段なら自分では買わないような本との偶然の出会いを求めて、書店を回っているようなところがあります。僕は毎年、僻地へバックパッカーとして旅をするんですが、それは知らない場所に行くことで自分がまったく知らないモノに出会えて、新しいドアが開くような感覚が味わえるからなんです。『理系に学ぶ。』での対談もそうでした。理系に対してコンプレックスを抱いている僕が理系のトップランナーたちと逢うことで、いろんなことに気づかせてもらえた。自分が知らない世界に出会えることが、本を読むことのいちばんの楽しみです。

――現在の電子書籍では、ユーザーの嗜好性に合った本やコミックが自動的にリコメンドされますが、川村さんの場合はその逆の機能が必要になりそうですね。

川村 ネットでは「あなたのおすすめはこちら」と人工知能がリコメンドしてくれますが、そうやって自分の興味の範疇ばかりを追い続けていくと多分、つまらなくなってくるんじゃないかと思うんです。人工知能もさらに発達すれば、自分がまったく興味ないジャンルの作品もリコメンドしてくれるような機能も生まれるかもしれませんね。電子書籍は今のところ、紙で読めるものが電子書籍化されている状況なので、電子書籍でしか読めないもの、電子書籍ならではの特性を活かした作品が作られるようになると面白くなるかもしれません。音楽って以前はCDで聴くものだったのが、iPodが登場したことで音楽の楽しみ方が大きく広がった。仮想現実も以前から技術としてはあったわけですが、「ポケモンGO」が開発されたことでようやく一般に認知された。電子書籍もひとつ、ブレイクする作品が出てくれば、もっともっと面白い状況になると思います。

 

取材・文/長野辰次
撮影/名児耶洋

 

Profile

 

川村元気(かわむら・げんき)

1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、2001年に東宝入社。2005年に映画『電車男』を企画・プロデュース。2008年『デトロイト・メタル・シティ』、2010年『告白』『悪人』、2011年『モテキ』、2015年『バクマン。』、2016年『君の名は。』をプロデュースし、それぞれ大ヒットを記録。初めて執筆した小説『世界から猫が消えたなら』は130万部を越えるベストセラーとなり、映画化された。公開待機作として、朝井リョウ原作、三浦大輔監督による映画『何者』(10月15日公開)がある。小説第2作『億男』(マガジンハウス)山田洋次、宮崎駿、坂本龍一らエンターテイメント業界の第一人者たちとの対談集『仕事。』(集英社)、養老孟司、川上量生ら理系人との対談集『理系に学ぶ。』(ダイヤモンド社)、ハリウッドの巨匠監督たちとの架空対談集『超企画会議』(KADOKAWA)などの著書も多い。小説第3作『四月になれば彼女は』(文藝春秋)が11月に発売予定。

 


 

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映画『怒り』

殺人を犯した後、整形手術を施して全国を縦断するように逃亡生活を送った市橋達也事件。この事件に芥川賞作家・吉田修一が触発されて書き上げたのがミステリー小説『怒り』だ。上下巻にわたる大長編である上に、東京・沖縄・千葉に指名手配写真によく似た3人の男がそれぞれ現われ、独自のドラマが同時に展開していくというユニークな構成となっている。3本分の映画の情報量があるこの原作を、李相日監督は3つのエピソードを高濃縮化することで1本の骨太な群像劇へとまとめ上げた。綾野剛、森山未來、松山ケンイチが演じる容疑者たちの誰が本当の犯人なのかという謎解きの面白さだけに終わらず、自分を受け入れてくれる居場所を求めて、さまよい続ける容疑者たちの姿が深い余韻を与える。デビュー作『青 CHONG』で朝鮮学校、クリント・イーストウッドの名作を大胆にリメイクした『許されざる者』でアイヌ問題に触れた李監督が、本作では沖縄の基地問題を物語の背景として描いている点にも注目したい。

原作/吉田修一 
企画・プロデュース/川村元気 
音楽/坂本龍一 
脚本・監督/李相日
出演/渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、佐久本宝、ピエール瀧、三浦貴大、高畑充希、原日出子、池脇千鶴、宮﨑あおい、妻夫木聡 
配給/東宝 
9月17日(土)より全国ロードショー
(c)2016 映画「怒り」製作委員会

公式サイト
http://www.ikari-movie.com/

 

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関連書籍はこちら

 

『怒り』 吉田修一/中央公論新社

悲惨な殺人事件の現場には、犯人が書いた血染めの「怒り」という二文字が残されていた。犯人は一体どんな怒りを抱えていたのか? 序盤からぐいぐいと物語世界に引き込ませるが、怒りをめぐる3つの物語が進むにつれ、他人を信じることができない哀しみや自己嫌悪といった現代人が抱える業、さらには絶望と再生という様々な感情が呼び起こされていく。上下巻という大長編小説ながら、作者の筆運びが冴え、クライマックスまでいっきに読ませてしまう。吉田修一は、大の映画マニアとしても有名。『悪人』を見事に映画化してみせた李監督と川村プロデューサーなら、映画化が難しいこの原作小説をどう料理してみせるのか楽しみで仕方なかったに違いない。

 


 

『パレード』 吉田修一/幻冬舎

山本周五郎賞を受賞した吉田修一の初期代表作。2LDKのマンションでルームシェアしながら暮らす5人の男女の群像劇。若者たちの爽やかなオムニバス青春小説のように思わせながら、一緒に暮らすルームメイトたちにも自分の本音はいっさい明かすことのない現代人の哀しみや空虚さが行間から滲み出ている。主人公たちが抱える癒されることのない孤独感は、その後の『悪人』や『怒り』に繋がるものだろう。2010年に行定勲監督によって映画化され、ベルリン映画祭国際批評家連盟賞を受賞している。

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『理系に学ぶ。』 川村元気/ダイヤモンド社

映画プロデューサーながら、売れっ子作家でもある川村元気氏が今年4月に上梓した対談集。Perfumeのステージ演出を手掛けたメディアアーティストの真鍋大度、『スーパーマリオ』などの人気ゲームで世界を熱狂させた任天堂専務取締役の宮本茂、ニコニコ動画の生みの親・ドワンゴ代表取締役会長の川上量生ら理系脳の持ち主たちとの業界の枠を越えたフリートークが交わされている。解剖学者・養老孟司が語る「メンデルの法則は噓だったらしい」「世の中の2割くらいは間違っていると考えたほうがいい」など理系に苦手意識がある人間ほど“目から鱗”級のお宝発言をざくざく発掘することができるはずだ。

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