Apr 18, 2026 interview

石井裕也 監督が語る 24年を超えて届く想いのかたち 『人はなぜラブレターを書くのか』

A A
SHARE

「音を聴く」「文字を書く」「ノートをめくる」‥‥身体感覚の意味するもの

池ノ辺 今回の作品では、音の効果をすごく大切にしてるんじゃないかと思ったんですが。

石井 いろんな時代のいろんな想いと世界を全部つなげていくというのが、今回の映画のテーマだったんです。けれど映像的な表現で「これとこれがこうつながっている」とやっていくと、やはり理屈になるというか、説明的になってしまう。でもそれが音響的な表現であれば、説明というよりは感覚的に観客の中に溶け込んでいくんじゃないかと思ったんです。音響設計で世界全体を統合させていくという演出意図はありました。

池ノ辺 時代背景という流れを音で表現するというのはもちろんですが、それが日常的な音であるからなおさら、生と死の分かれ道というところにつながっているという感覚がリアルに伝わってくる気がしました。

石井 その世界は、おそらく隣り合っている。生と死が交わったり交わらなかったりっていうのが世界で、それを感じることが人生なのかなと最近特に思うんです。すごく言葉にしづらい感覚ですし、観る人が気づいても気づかなくてもいいんですが、僕としてはそういう想いで作ったということです。

池ノ辺 それと、手書きで何かを伝えるという経験はそうそうないかもしれないし、大切なことだと思うんです。それだけの想いを費やしているわけですから、何か大きなものが動き出す、そういう力はあるだろうなと思いました。

石井 自分の書く字とか、書く言葉というのが、自分の気持ちを過不足なく正確に表せるものだとは思えないんですよ。

池ノ辺 わかります。

石井 でも大切なのは、書き手がその不完全性を痛感すること。それってすごく大事なことなんじゃないかと思うんです。おそらく、メールで打ち込んだ文字では、そういうふうには感じられないと思うんです。

池ノ辺 監督は脚本やプロットを書くときは手書きですか?

石井 僕はノートを常に持っていて、思いつきとか打ち合わせとかで、何かあればそこにメモしてます。

池ノ辺 そういうものがあると、メモの情報だけでなく、その時の自分の状況、心情といったものも文字でわかったりしますよね。

石井 そうなんです。でも一番のデメリットはデータとして残せないということです。

池ノ辺 「あの時のあれは何だっけ」というのも、一瞬で表示されるんじゃなくて、わざわざノートをめくって探さなきゃいけない。

石井 そういう行為は面倒ではありますが、面白さはあるかなと。

池ノ辺 大事な作業です。ところで監督はこれまでラブレターを書いたことありますか。

石井 リスク高めのはないですね (笑)。相手の気持ちもよくわからない中で「何日の何時に土手に来てください」みたいなかなり危ない、リスクの高いラブレターは、ちょっと性格的に書けないですね (笑)。