デビュー秘話、北野武監督へ直談判
池ノ辺 アオイスタジオの喫茶部で働いていた頃のお話をしたいんですけど、あのときはまだ映画にも出たことがなかったのよね?
津田 星の数ほどいる俳優志望の一人でした。あの頃、北野武監督が映画の仕上げに来られていたんです。アオイスタジオは録音スタジオだけど、編集室もたくさんあったので、編集作業中はよくコーヒーを飲みに来られたんですよ。
池ノ辺 北野監督が映画を撮り始めた最初の頃ですよね?
津田 まだ『その男、凶暴につき』『3-4X10月』しか撮ってなかった頃です。それを観て、次の『あの夏。いちばん静かな海。』の仕上げ作業で来られたときに、あの監督の映画に何としても出なくてはいけない。出られなくても、どうすればあれだけ無名の俳優たちがキラキラ輝けるような芝居を演出しているのか、演出現場を見たいなと思って見学だけでもさせてほしいという思いで、監督に直談判しようと思ったんですよ。
池ノ辺 すごい行動力!
津田 今考えると、ルール違反ですけどね。その頃の僕は事務所も辞めてフリーだったので、自分で動かないと仕事なんか来ない。待っていても来ないというのがあったので、それで動いたんです。あの頃はアオイスタジオにも、たけし軍団に入りたい若者がずっと待っていたじゃないですか。
池ノ辺 いたいた! 私もアオイスタジオで予告編の仕事をやっていたから、「弟子にして下さい!」ってお願いしてる若者を見ましたよ。そういうなかで、北野監督に声をかけるタイミングって難しいですよね?
津田 トイレに入るときは一人だなと思って(笑)。カウンターの下にプロフィールと手紙を忍ばせてウェイターの仕事をしてたんです。それで「あっ、今トイレ行った!」と思ったら、そのタイミングで声をかけて「一応役者やっているんですが、現場見学だけでもいいのでさせてください」みたいなことを言って、プロフィールを渡したんです。
池ノ辺 運命の瞬間ですね。監督は何て言ったんですか?
津田 「あ、わかりました」と受け取っていただいて。
池ノ辺 それで北野映画に出演することが出来たんですね。
津田 そうじゃないんです。それから1年後に監督は『ソナチネ』のクランクイン1日前に打ち合わせでアオイスタジオへいらしたんですね。僕がプロフィールをお渡ししてから次に会ったのがその日だったんですが、そのときは僕が1年前にお願いしたことをあまりよく覚えていらっしゃらなくて・・・。
池ノ辺 そりゃそうですよね。毎日のようにそんな若者たちが来るでしょうからね。
津田 でも、「あんちゃん、そういや役者志望だよね?」って言ってもらえて、「はい!」「まだやってんの?」「やってます!」。あっ、覚えていてくれたんだ。それだけでも嬉しいし、階段をひとつ昇れたなと思って喜んでいたら、僕を押しのけて、その喫茶部の奥さん――経営者の奥さんなんですけど、「たけしさん酷いじゃないですか!」って言い出して。
池ノ辺 えっ、どうして?
津田 「この子が死ぬような思いでプロフィール渡したのに、明日から次の映画がクランクインなのに、なんでオーディションに呼んでくれないの!」って(笑)。そんなことを北野監督に言っちゃうほど熱い人だったんですよ。
池ノ辺 本当にそういうことを気にかけてくれる人でしたね。私にも「寝てないんじゃないの?」とか言ってくれる人だったんですよ。
津田 監督が「そうだっけ?ごめんね」って、逃げるようにして店の隅っこでスタッフと明日からの現場の打ち合わせを始めたんですね。そのときに僕は、せっかく一段昇った階段を、今、5、6段転げ落ちたなと思って(笑)。ちょっとシュンとしながらお皿とか洗ってたんです。そうしたら監督が僕の方を見て、「あんちゃん、出番だよ」って呼ぶから、注文かなと思って。
池ノ辺 ウェイターの出番って言ったら注文だからね。
津田 そうしたら、監督が大勢のスタッフに僕のことを紹介してくれて、「俺が喫茶店に入るシーンを増やすから、このウェイターのあんちゃんが、ウェイター役で出てくるから。このあんちゃんは、すげえ頭して派手な衣装を着て、全然ウェイターらしくないんだよ。それで俺が『おめえ、ウェイターらしい格好して働けこの野郎』って言うから、このあんちゃんを、これぐらいのアップで撮る」って、みんなに説明するんですよ。僕はもうびっくりして。これは出演が決まったのか? こんなことが現実に起きるのか!?と思いましたね。スタッフもみんなキョトンとしてるんですよ。そうしたら、キャスティング担当の方が「君、出るんだったら名前と連絡先教えてよ」って(笑)。
池ノ辺 そんなすごいきっかけで『ソナチネ』に出演して、そこから俳優としての人生が始まっていくことになったわけですね。