50年の歳月を〈映画〉によって紡ぐ珠玉の名編『キネマの神様』。巨匠山田洋次監督が、自らが過ごした撮影所への思いと共に描いたこの作品で、広告、ポスター、劇中画などのデザインを担ったのは株式会社goen°を主宰するアートディレクター・森本千絵さん。Official髭男dism、松任谷由実をはじめとするミュージシャンたちと組んだアートワーク、CANON、KIRINのパッケージデザイン、NHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』、朝の連続テレビ小説『てっぱん』タイトルデザインなど、幅広い活動で知られる森本さんは、『男はつらいよ』シリーズの大ファン。好きが高じて寅さんの衣装を着てイベント出演したことも。それが縁となって山田洋次監督と知り合い、遂には22年ぶりとなるシリーズ最新作『男はつらいよ お帰り寅さん』のアートディレクターを担当することに。良縁はさらに続き、『キネマの神様』にも参加することになった森本さん、今回はポスターだけでなく、意外なものまでデザインすることに。 映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』の池ノ辺直子が、森本さんにアートディレクターの目から見た映画作りについてのお話をうかがいました。
寅さん好きから、『男はつらいよ』のアートディレクターへ
池ノ辺 森本さんは、様々な広告を手がけていますが、近年はCMや映画に関わるお仕事も多いですね。
森本 ミュージシャンの音楽プロモーション・ビデオだったり、映像に関わる仕事が増えてきました。そのうちコマーシャルの演出もするようになって、徐々に映像のお仕事というのが半分くらい占めてきました。私がある広告雑誌の編集をしていたときに映画特集号がありまして、それでいろいろな映画監督に取材をさせていただいていたご縁から、是枝裕和監督の『空気人形』という映画のポスターに関わらせていただき、そこから徐々にいろんな映画とデザインを結びつけていくことが増えていきました。
池ノ辺 是枝裕和監督の『海街diary』、河瀬直美監督の『Vision』、大林宣彦監督『海辺の映画館―キネマの玉手箱』のポスターも森本さんが手掛けたものですよね。タイトルを聞くだけで、あのポスターだって思い出す人も多いと思います。山田洋次監督とは、どんなきっかけでお仕事されるようになったんですか?
森本 個人的に寅さんが大好きで、寅さんのセリフを今でいうSNSでつぶやいたりしていたんです。そうしたら、若い方に映画館で『男はつらいよ』を楽しんでもらおうというイベントの1日館長に任命していただいたんです。そのときに張り切りすぎてしまって、寅さんの格好をして挑んだわけです(笑)。
池ノ辺 えっ! 森本さんが寅さんのコスプレをして出てきたんですか?
森本 そこまでは誰も求めていなかったんですけれども(笑)、事前に舞台の柴又にもその格好で行って、渡し舟や帝釈天などで撮影して来まして。それを見た山田洋次監督が面白いと思っていただいたようで、そこから山田組と言われる山田監督を中心に集まるスタッフの皆さんと出会ったんです。
池ノ辺 2019年には、『男はつらいよ お帰り寅さん』のポスターをデザインされましたものね。山田監督とのお仕事はいかがでしたか?
森本 今までは広告の延長のように、依頼を受けて自分で考えて作ったものを提案して選んでいただくという形で仕事を全うしていたんですけれども、山田洋次監督は、ポスター1枚、文字のデザインひとつにしても、まるで映画の一部のように演出をしてくださるんです。このデザインオフィスにも足を運んでいただいて、監督自らこういう風にしたいよねとか、もっとこの方がいいんじゃないかというのを、まるでポスターの中の写真の人物に演出をするように話しかけながら一緒に作ってくださる。私がその場で映画を一緒に作っているような気持ちになれるように接してくださいました。
池ノ辺 『男はつらいよ お帰り寅さん』のポスターに使われている寅さんの写真が素晴らしいんですよね。本当にフラッと帰ってきた感じがして。もう1枚の寅さんの満面の笑みも、すごく懐かしい感じがして、また逢いたいって思っちゃいますね。
森本 モノクロの素敵な写真を発見して、そこにコピーライターの佐倉康彦さんの言葉を添えてデザインしました。そうやって『男はつらいよ』のポスターがまず完成して、その後もいろいろとご縁がありまして、新たに『キネマの神様』のポスターに関わることができました。
池ノ辺 森本さんが主宰するgoen°(ゴエン)のHPには、〈「出逢いを発明する。夢をカタチにし、人をつなげていく。」ための集団〉と書かれていますが、山田監督との仕事は、まさに出逢いによるご縁ですね。
森本 その裏のもう一つのストーリーに、私が映画館の館長になって『男はつらいよ』を上映したときに出会った山田監督のスタッフさんの一人が、今の主人なのです(笑)。それはそれ、これはこれなんですけど、とはいえ、『キネマの神様』は主人が初めてプロデューサーという大役を務めさせていただくことになったので、何とかこの映画を多くの方に観ていただきたいという気持ちを、いつも以上に抱きながら制作させていただきました。