『笑い男』をめぐる不思議な因果関係
──神山監督は自分が10代の頃の夢は覚えていますか?
僕は『スター・ウォーズ』を観て、映画監督になることを志し、そのすぐ後に『機動戦士ガンダム』を観たことで自分にはアニメーション表現が向いていると思ってからは、アニメーション作品の監督になることに一直線で迷いはありませんでした。それ以外の夢に目がいくことはなかったですね。19歳でアニメ業界に入ったわけですが、監督としてどんなテーマの作品をつくろうかとか、自分なりのドラマツルギーといったものは、キャリアを重ねることで生まれてきたように思います。
──自分の夢に真っすぐな青春時代を送った神山監督。寝ているときに、よく見る夢はありました?
子どもの頃は人さらいの夢をよく見ていました。いい人そうに近づいてくる大人が実は人さらいなんだと僕だけが気づいている。でもなぜか、他の級友たちはそのことに気づかずにいる。それでバスに乗せられて、遠くへ連れていかれるという夢でした。なんでそんな夢をよく見ていたのか理由ははっきりしないんですが、もしかしたら僕が幼い頃に実際に起きた誘拐事件の影響かもしれません。テレビなどで人さらいという言葉が頻繁に流れていて、それが耳に入ったんでしょうか。空を飛ぶ夢も見ていましたが、僕の場合はなぜかうまく飛べないという夢でした。夢の中で自分の願望が叶えられるといった楽しい夢を僕は見たことがないですね(笑)。
──人さらいの夢をよく見ていたとのこと。神山作品は『笑い男』などサリンジャーの小説が度々引用されますが、元々の『笑い男』は人さらいに連れ去られた赤ちゃんが“笑い男”として顔を隠しながら生きていく哀しい物語。人さらいの夢を見ていたのは、サリンジャーの小説と出逢う前でしょうか?
サリンジャーを読む前ですね。まだ、その頃はサリンジャーのことは知りませんでした。でも『笑い男』って、あまりにも何度も何度も読み返したことで僕の中に潜在意識レベルで刷り込まれている物語です。今回の『ひるね姫』も、無意識のうちに『笑い男』と似た物語構造になっていました。サリンジャーが書いた『笑い男』は少年野球チームに所属している少年が主人公ですが、コーチが試合の終わった後に聞かせる“笑い男”の物語に魅了されていく。“笑い男”はコーチが考えたフィクションだったのに、ストーリーが進むにつれて次第に笑い男の末路とコーチの私生活が重なっていき、少年たちの頭の中でフィクションと現実が合致することになる。その構造が僕の頭の中に刷り込まれて無意識に『ひるね姫』のストーリーを考え出していたことに、完成してから気づきましたね。
──ココネの窮地を察知して救いの手が伸びるシーンは、それこそサリンジャーの代表作『ライ麦畑でつかまえて』を思わせますね。
サリンジャーの小説は本当に繰り返し読んだので、僕の体に染み付いているんでしょうね。サリンジャーの小説を読むようになったのは10代後半だったと思うんですが、『スター・ウォーズ』を観て映画監督を目指すようになって数年後に、サリンジャーの小説に出逢っています。それもあって僕はSF作品の設定を考えながらも、どちらかというと人間の心の中を描きたいんだと思います。何でも好きにつくっていいと言われれば、僕は『ライ麦畑でつかまえて』か『笑い男』をそのままアニメーション化したいとおもっていましたから。でも、サリンジャー作品のアニメ化はちょっと難しいでしょうね。