Mar 14, 2017 interview

東京五輪イヤーを先取りした超ポップな冒険アニメ『ひるね姫』 神山健治監督に多大な影響を与えた人物と不思議な夢とは……?

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神山監督、2020年の日本を予測する!!

 

──クリエイターのみなさんに毎回、愛読書などを紹介してもらっているのですが、神山監督の場合はやはりサリンジャーでしょうか。

まあ、それでいいでしょう。でも今の若い人にサリンジャーを勧めるかというと、どうかなと思います。僕の時代には10代でサリンジャーを読んで、こじらせる人が多かったけど。僕もサリンジャーに出逢っていなければ、多分5年くらいは早く監督デビューしていたと思いますよ(笑)。なので、サリンジャー作品は勧めません。でも、不思議なことに10年、20年ごとに何故かサリンジャーブームは起きるんですよね。サリンジャーの小説ってある時期になると自発的に読みたくなるものだし、出逢うタイミングを外すとまったく響かない作品でしょうね。

 

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──神山監督はデジタルツールを使いこなしているイメージがありますが、読書は電子書籍派でしょうか、それとも書店で買い求める?

一時期は電子書籍にハマっていました。自分のタブレットに気になる本がすべて入っているという安心感がありますよね。でも、そこから半周して、最近は紙の本をまた読むようになりました。紙の本は厚さが感じられるところがいいですよね。読み直したい箇所をめくるとき、「だいたいこのへんだな」と本の厚みで場所が直感的に分かるところがいい。電子書籍も赤線を引いたりできるようになっていますけど、本の厚みを感じることができないところが残念ですよね。

──では最後の質問です。『ひるね姫』は東京五輪が開催される2020年という設定ですが、3年後の日本はどうなっていると予測しますか?

作品をつくるときは常に希望が感じられるものにしようと努めているんですが、2020年はぜひ希望に満ちた年になってほしいですね。そんな想いを込めて『ひるね姫』をつくったんですが、現実世界は厳しく、より辛いものになっていくかもしれない。1980年代〜90年代は日本の絶頂期だったのでしょうが、21世紀になってからは不景気のままで、右肩下がり状態が続いています。20世紀の成功体験が日本を思考停止させているように感じられてならない。1964年に開催された前回の東京五輪が日本の成功体験の最もたるもののひとつではあるが、それをもう一度そのままやり直そうとしても、フィットしたものにはならない。過去の成功体験に囚われすぎず、今の時代にあった新しい夢を模索していくべきだと思います。

 

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取材・文/長野辰次
撮影/名児耶洋

 

プロフィール

 

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神山健治(かみやま・けんじ)

1966年埼玉県出身。埼玉県立秩父農工高校時代よりアニメーションの自主制作に取り組み、1985年よりスタジオ風雅にて美術スタッフとしてキャリアをスタートさせた。1996年に押井守監督が主宰した押井塾にて具体的な企画書の書き方を学ぶ。2000年は『人狼 JIN-ROH』の演出、『BLOOD THE LAST VAMPIRE』の脚本を担当し、『WXIII機動警察パトレイバー』と同時併映された『ミニパト』にて2002年に劇場監督デビューを果たす。同年にはテレビシリーズ『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』の監督&シリーズ構成を手掛け、高い評価を得た。2009 年に人気漫画家の羽海野チカをキャラクターデザインに起用したオリジナル作品『東のエデン』のテレビシリーズと劇場版二部作を発表し、大きな話題を呼ぶ。2006年にはテレビシリーズ『精霊の守り人』、2012年には3DCGアニメ『009 RE:CYBORG』が劇場公開された。

 

作品情報

 

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映画『ひるね姫 知らないワタシの物語』

 ニートとは若者を搾取するおっさん世代に反抗するための自宅での座り込みである―。そんなユニークな着眼点で描かれたアニメシリーズ『東のエデン』で、ゼロ年代を代表するクリエイターとなった神山健治監督。そして『東のエデン』劇場版二部作以来となる、7年ぶりの完全オリジナル作品が『ひるね姫 知らないワタシの物語』だ。『東のエデン』は9.11後の混迷する世界情勢が物語の背景となっていたが、『ひるね姫』は3.11後の夢を語ることが難しくなってしまった日本の社会状況が反映されたものとなっている。
 『ひるね姫』の時代設定は東京五輪が開催される2020年。主人公の森川ココネ(声:高畑充希)は岡山県倉敷市に暮らす平凡な女子高生だ。母親は幼い頃に事故で亡くなり、自動車修理工場を営む父親・モモタロー(声:江口洋介)との2人暮らし。高校卒業後の進路についていろいろ相談しなくちゃいけないのに、仕事で忙しい父親とはついついディスコミュニケーション気味。そんなとき、モモタローが警察に連れて行かれ、自宅に怪しい男たちが現われる事件が勃発。幼なじみのモリオ(声:満島真之介)に窮地を救われたココネは、昔からよく見ていた夢の中に一連の騒ぎの真相を解く鍵が隠されていることに気づく。
 物語の半分はココネが見る夢の世界で進行するという、神山監督ならではのユニークな構成となっている。夢の世界では『ベイマックス』を思わせる心優しいロボットや『機動戦士ガンダム』ばりの巨大メカたちが大活躍。さらに夢の世界(=深層心理)を通して、ココネは父親がずっと抱いていた想いに触れるという展開にホロリ。夢は単なるフィクションではなく、現実世界を変えていく力を秘めている―。そんなポジティブなメッセージが本作には込められている。神山監督からこれからの時代を生きる若者たち、そして父親世代への温かい想いが詰まった作品だ。

映画『ひるね姫 知らないワタシの物語』
原作・脚本・監督:神山健治
声の出演:高畑充希 満島真之介 古田新太 釘宮理恵 高木渉 前野朋哉 清水理沙
高橋英樹・江口洋介
音楽:下村陽子
主題歌:「デイ・ドリーム・ビリーバー」森川ココネ(ワーナーミュージック・ジャパン)
キャラクター原案:森川聡子
配給:ワーナー・ブラザーズ映画

2017年3月18日(土)より全国ロードショー

(c)2017 ひるね姫 製作委員会

公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/hirunehime/

 

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神山作品に影響を与えた作品

 

『ナイン・ストーリーズ』J・D・サリンジャー/新潮文庫

サリンジャー自身が選んだ9つの物語で構成された短編集。中でも『笑い男』は神山監督が多大な影響を受けたという。『笑い男』はイノセントな少年が大人の世界の残酷さに触れることになる体験を描いた多重構造の物語。少年団「コマンチ団」に所属する主人公の少年は、野球の試合が終わった後に団長である青年がバスの中で語る義賊“笑い男”の冒険談をいつも楽しみにしていた。だが、団長の私生活に変化が起き、“笑い男”は恐ろしい末路を辿ることに。サリンジャーを喰わず嫌いだった人でも、穢れのない空想の世界が暴力と憎しみに染まる瞬間を描いたサリンジャーの巧みな語り口に魅了されるはずだ。ちなみに『コネティカットのひょこひょこおじさん』はスーザン・ヘイワード主演作『愚かなり我が心』(49年)として映画化されているが、自分の小説の内容が変えられていることにサリンジャーは激怒し、自作の映像化はその後いっさい認めなくなったと言われている。

 

『ライ麦畑でつかまえて』サリンジャー/白水社

1951年に発表されたサリンジャーの代表作。学校を退学処分となった主人公ホールデン・コールフィールドがクリスマス時期のマンハッタンを放浪する数日間が一人称で語られる。大人の世界の欺瞞さに我慢できない主人公の純真さ、それゆえに社会に適合できない不器用さは、今なお世界中で多くの人たちに愛され続けている。神山監督のブレイク作『攻殻機動隊S.A.C』では、凄腕のハッカー“笑い男”に「僕は耳と目を閉じ 口をつぐんだ人間になろうと考えた」という台詞を言わせるなど、『ライ麦畑でつかまえて』からの引用が多い。『東のエデン』でも『ライ麦畑でつかまえて』を意識したシーンが描かれている。日本では野崎孝翻訳の『ライ麦畑でつかまえて』が40年以上にわたって親しまれてきたが、2003年に村上春樹による新訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が出版され、再ブームが起きた。ジョン・レノンを殺害したマーク・チャプマンが逮捕時に本書を読んでいたことはあまりにも有名。