Apr 02, 2021 interview

映画『ブータン 山の教室』公開記念監督インタビュー「失われゆくブータンのイノセンス」

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映画『ブータン 山の教室』公開記念監督インタビュー「失われゆくブータンのイノセンス」

現在のブータンに起きている真実を、鮮やかに映し出した映画『ブータン 山の教室』が4月3日(土)に封切られる。写真家でもあるパオ・チョニン・ドルジ監督(以下、ドルジ監督)が捉える構図は素晴らしく、壮大な地球とか弱き人間のコントラストが美しくスクリーンに広がる。そこで描かれるブータンの若者の“幸せを探す旅”。分断の境界線に立ったとき、若者は何を感じるのか。演技ではなく当人の感情そのものを露わに映すこの映画は、当たり前に生々しく心を動かしてくる。そして同時に、私たち日本人にこの映画はつくれないことを教えてくれる。

簡単にブータンという国をおさらいしておきたい。ブータンという国は1907年に建国され、人口72万人の小さな国。親日国であり、[国民総幸福]という主義を掲げることでも知られている。長く自給自足の農業国家だったが、近代化に伴い、若者たちがデスクワーク志向を強め、それにより社会のかたちも変わり始めている。また、都市部人口集中や農村の過疎化など近代化に伴う問題も大きくなってきている。人々のエンターテイメントへの触れ方は、ネット環境の整備とともに国外の情報も簡単に入手できるようになり、韓流ブームや日本の「鬼滅の刃」なども流行っている。

映画『ブータン 山の教室』公開記念監督インタビュー「失われゆくブータンのイノセンス」
ルナナへの道中

プロの役者がいないブータンだからこそ撮れた映画

『ブータン 山の教室』はブータンに実在するヒマラヤ山脈の氷河沿いにあるルナナ(Lunana)という集落で撮影された。[闇の谷]を意味する地名どおり、電気も携帯も通じず、撮影は太陽電池を利用して行われたという。ドルジ監督は「このルナナという村が持っている純粋さやリアルさといった本物の感覚をどうしても映したかった。それにはルナナに行くしかなかった。」と、14日間歩かないとたどり着かない僻地をロケーションに選んだ理由を語ってくれた。続けて「ブータンにはプロの役者がいないので、脚本に近い人物を選び、そして彼らの人生がなるべく反映するようなキャラクターに書き換えていきました。」と話してくれた。人も自然もそのままを丁寧に包んだ、本物のブータン映画をつくりあげた。

この役者がいないという課題に施した対策は監督が狙った「リアルさ」の追求には大きく寄与している。主人公ウゲン役を演じたシェラップ・ドルジは「すごく音楽に情熱を燃やしていて、実際会ったときはオーストラリアに行くつもりでビザを待っている状態」だったとウゲンそのままの設定を持っていたという。作品の中で主人公ウゲンは、その夢を抱えつつも、教師として任期を全うするためにルナナへ赴任することとなる。

映画『ブータン 山の教室』公開記念監督インタビュー「失われゆくブータンのイノセンス」
無邪気な瞳を向けるペム・ザム

そして、生徒役には実際ルナナで暮らしているペム・ザム(役名も同じく)という女の子がキャスティングされている。ルナナが持つ純粋さを体現してくれる存在でありながら、同時に近代化の空気に憧れを持っている二律背反な存在だと監督は言う。

ペム・ザムというのは、ブータンのグローバリゼーションや現代化の波に引き寄せられつつあるブータンの子供を代表しているように思えます。まだそこの波にのまれてはいないイノセンスがあるのですが、同時にグローバリゼーションや現代化の波にのまれてしまって、このイノセンスは、いつか失くなってしまうとも感じるわけです。

儚さを持ち合わせた彼女の無垢な瞳は最高に愛らしい。監督は役柄としてのペム・ザムに生命を吹き込むために、ペム・ザム本人が持つ不幸な事実も隠すことなく取り入れた。

初めて会ったときに、ペム・ザムは映画の中でも歌っている歌を歌ってくれました。すごく良かったので、お父さんとお母さんに出演交渉をしたいと思ったのですが、そこで彼女の不幸な家庭環境というのが見えてきたわけです。お母さんがおらず、お父さんは飲んだくれているという。ペム・ザムは映画の中で自分自身の人生を語っているわけです。

映画『ブータン 山の教室』公開記念監督インタビュー「失われゆくブータンのイノセンス」
ミチェン(左)とウゲン(右)

ブータンの自然が語りかけてくる”悟り”

キャストの本当の人生を劇中に取り込むことで、心の変化をありのままに映し出した監督。自身の経験も大いにこの映画に反映している。劇中で主人公ウゲンとルナナの人々との対比をわかりやすく表すシーンが存在する。ウゲンがルナナに向かう道中、山のふもとに広がる緑を見て案内役のミチェンが「私が子供の頃は、山は全部雪に覆われていた」と語る。それが失われた理由をウゲンは「地球温暖化」という言葉で片付ける。喪失を経験として知っているミチェン、現象を知識として語るウゲン、この対比はいくつもあるウゲンとルナナの対比でも核心的に感じる。このシーンについての奥行きがあることを監督は語ってくれた。

そのシーンは私が実際に経験したことなんです。ルナナとは違う僻地の場所で出会ったヤク*使いが語ってくれたことです。劇中で、私をウゲンに、ヤク使いの言葉をミチェンに投影しました。伝統的なものの見方の中にある知恵というものに非常に驚きました。

*ヤク:ルナナの人々が家畜として重宝している牛科の動物。乳でチーズを作り、毛でテントを織り、糞は燃料として余すことなく使うことができる。本作の物語でも重要な役割を担っている。

劇中、続けてミチェンは雪が減っていることによって「雪の獅子の消失」を危惧している。

雪の獅子は実際には存在しない神話的な動物です。ですが、その神話的な動物は実はその悟りの状態を表しているということに気づいたんです。つまり、雪の獅子が消えていることは、つまり悟りの状態が消えているということなんですね。

おそらくここで言う「悟り」とは本来的な”あるべき状態”というニュアンスに近いであろう。ルナナの人々が「未来に触れられる」と尊敬の念を抱く教師は、行きの道においては、教科書から得た無機質な知識しか持っていない。そして、それは我々にも同様のことが言えそうだ。

映画『ブータン 山の教室』公開記念監督インタビュー「失われゆくブータンのイノセンス」
ルナナの村人たち

最後に、本作をルナナの人たちはどう見たのか聞いてみた。

この映画を撮ることはルナナにとって記念碑的な出来事であり、2ヶ月の撮影を終えて撤収する際は大人たちも泣いてくれました。映画が完成したら村に持ってきて上映すると約束したのですが、コロナウィルスの影響でまだ実現していません。ただ、町に降りてきた何人かの大人たちには見せることができました。彼らが言うに、自分が、自分の仲間が、そして見知った風景がスクリーンの中に存在しているのが、とても不思議な体験と語っていました。彼らはまさか世界中の人たちにそれが見られているとは夢にも思っていないと思います。

純度の高い自然と人間の関係性、そして、無作為な心の有り様を映す物語は、我々の心を静かに確実に突き動かしてくる。劇中、ルナナの村長が「この国は世界で一番幸せな国と言われているそうです。それなのに、国の未来を担う人が幸せを求めて外国に行くんですね。」と語る場面がある。これは彼らの問題であるが、我々の問題でもある。我々日本人が幸福の国ブータンの僻地で起きる若者の静かな葛藤を感じ取ることが、グローバリゼーションという字面の奥にある真なるものなのだろう。ラストで突き刺さる魂心の「ヤクに捧げる歌」は、まぎれもなくROCKだ。

(インタビュー・文/オガサワラ ユウスケ )

『ブータン 山の教室』は4月3日(土)より 岩波ホール他にて全国順次公開!


■予告編

映画『ブータン 山の教室』公開記念監督インタビュー「失われゆくブータンのイノセンス」
映画『ブータン 山の教室』

【作品情報】
監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム 他
【2019年/ブータン/ゾンカ語、英語/110分/シネスコ 英題:Lunana A Yak in the Classroom 日本語字幕:横井和子 字幕監修:西田文信】
後援:在東京ブータン王国名誉総領事館
協力:日本ブータン友好協会  
配給:ドマ
(c)2019 ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:bhutanclassroom.com

4月3日(土)より 岩波ホール他にて全国順次公開!

■『ブータン 山の教室』写真ギャラリー


『ブータン 山の教室』は4月3日(土)より 岩波ホール他にて全国順次公開!

オガサワラ ユウスケ/otocoto編集長

東京都出身。 IT企業の役員を歴任後、2020年に独立起業。現在は株式会社ジナルカ代表取締役、株式会社otocoto取締役兼編集長を務める。昨今の公開状況も影響してか、最近は欧州・東アジアの映画に偏重気味。嫌いな言葉は「朝会」、好きな言葉は「遠回り」です。

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