家父長制から全世界支配へ
世の中は理不尽だが、明確なルールで動いている。善も悪もない、すべてはシステムなのだ。「言いたいことも言えない」、「なぜ自分がこんな目にあわないといけないのか」。そう思うことは誰しもあるはずだ。本作は、こうした現実を陰謀論的なフィクションとして強調して映し出す。
前作でグレースが、世界的名家であるル・ドマス家を滅ぼしたことにより、結果として当主となってしまった。それは、世界を支配する悪魔崇拝者が所属する「ル・ベイル財団」の掟が発動するきっかけとなった。グレースの生還は、世界の支配者である財団の新たなる「主席」を決めるゲームの幕開けだったのである。

「夜明けまでに標的を殺した者が世界を支配する座に就く」
またもや標的にされた姉・グレース、そして運命を共にすることになった妹・フェイスは、悪魔ル・ベイルと契約した世界的名家の代表たちに拉致される。世界の支配者に名乗りを上げる、アメリカのダンフォース家、イギリスのラジャン家、スペインのエルカイド家、中国のワン家。それぞれの家の代表1人が武器を持ち、殺戮ゲームに参加し、姉妹を狙う。
一見、追う側の参加者たちに有利に思えるが、彼らにもルール上の制約がある。名家同士で仲間討ちをするなど、悪魔ル・ベイルの怒りに触れると、参加者の肉体は爆発してしまうのだ。



“Double or Nothing”。映画本編でたびたび登場する「一か八か」、「賞金を倍にするか、すべて失うか」という勝負事で使うせりふだが、このゲームを観ていると、各登場人物の状況を的確に表しているように感じるはずだ。
ある理由で信頼関係が築けていない姉妹は、この殺戮ゲームを生き延びるため、次第に自己開示し協力し始める。欲にまみれた名家代表者の一人ひとりは、自分以外を出し抜こうとしていて、本当の意味では協力せず、また協力もできない。すでに自分が得ているものは何か、これから失うものが何かを考えてスクリーンを眺めていると、観ている自分自身が血なまぐさい感情に巻き込まれないで済むのでおすすめだ。

追う者、追われる者それぞれの感情と思惑がスピード感を持って交錯しながら、デスゲームは進行していく。しかしながら、Netflixシリーズ『イカゲーム』のような、心理戦や人間ドラマに落ち着くのではなく、パワープレイで押し切るように圧倒的な火薬量で建物を爆発させ、しっかりと痛みを伴う殺傷描写、過剰なまでのFワードと血の雨が降りそそぐゴア表現がたっぷりと含まれている。それでいて、どこか余裕のあるブラックユーモアがいっぱいのエンターテインメントであることは付け加えておきたい。




一人の花嫁が玉の輿に乗って、愛した男の家族に認められるために、理不尽な出来事に巻き込まれるアンチ・シンデレラ・ストーリーであり、家父長制への抵抗が前作だったのに対し、続編である本作は、夫とその家族を失ったばかりの未亡人が、たった一人の妹と共に世界の理不尽に立ち向かう、シスターフッドであり、家族になるまでの話。同じ「かくれんぼ」というデスゲームを踏襲しながら、一族 VS 個人から世界 VS 家族へスケールアップしながら、前作とは違うものを描き出している。