パペットアニメーション映画『ちえりとチェリー』が全国上映開始となった。おかげで、ようやく、ようやく見ることが出来たのだ。15年の完成以来、これまで通常の映画館興行ではなく「スローシネマ方式」として全国各地の上映施設などで細くゆっくりと上映が行われてきていた本作。しかしその不定期・短期間という上映ゆえ、これまで毎回どうにもこうにも機会が合わず見ることが叶わないままだった。それが数年間での口コミによる評判の広がりも後押しし、2月15日から2週間の期間限定ではあるが全国のイオンシネマで上映が行われている。異例の出来事だろう。
中村監督をはじめとしたスタッフにはもちろんだが、こうした全国規模の上映へと繋げた、これまでの口コミを支えてきた人やクラウドファンディングで支えてきた人たちにもお礼を言いたくなった。とにかくこの上映によってようやく見ることが出来たのだ。
『ちえりとチェリー』(同時上映『チェブラーシカ 動物園に行く』) 公式サイト:http://www.chieriandcherry.com/
『ちえりとチェリー』は55分ほどの日本のパペットアニメーション映画。2010年に『チェブラーシカ』のパペットアニメーションを手がけた中村誠監督によるオリジナル作品だ。(ちなみに同時上映の『チェブラーシカ 動物園に行く』も同監督による『チェブラーシカ』パペットアニメーションの新作短編になる)
ただただ素晴らしかった。見終えたときとても幸せな気持ちになった。画面の全てがかわいらしく美しく、見る者を惹きつけてくる。見た人が作品を応援したくなるタイプの作品というのがあるが、この作品もまさにそれだった。
幼少期の父の死をずっと抱え、他者との間にも壁を作ってきた小学6年生の女の子ちえり。父亡き後、1人でちえりを育ててきた母も、その頑張りのあまりちえりとのふれ合いに距離が生まれてしまっている。ちえりが心を開けるのは父の葬儀の日に納屋で見つけたボロボロのぬいぐるみ・チェリーだけ。彼女の強い想像力の中で、チェリーだけは常に彼女を見守り寄り添ってきた。そんなある日。ちえりは子供が生まれそうな野良の母犬を見つけ、母犬とそのおなかに宿る命をめぐる小さな冒険を経験することになる。 大切な父を失った喪失感が主人公の女の子・ちえりにはずっとつきまとっている。子供の感じる喪失感や寂しさを丁寧に描き、また、ちえりを見つめる母の切なさも丁寧に描いている。本作の“命”や“残された者”というテーマは、11年の東日本大震災の影響が大きかったとのことだ。あまりにも多くの人が失われたが、それは、あまりにも多くの人たちが家族や友人といった大切な人を失ったということでもある。この映画が完成したのは震災後4年目のこと。そしてもうすぐ8年がたつ。いまだ爪痕は残り、喪失感を抱えている人たちも多くいる。災害でだけではない。大切な人を失う哀しみは多くの人が出会う感情だ。この映画は、児童文学的な日常の中の冒険物語と、かわいらしい人形やミニチュアによって生み出された世界の美しさ・楽しさの果てに、哀しみの中にいる人たちを静かに優しく励ましてくる。
最後はまるで心の晴れ間に出会ったような感覚が心に染み、涙がにじんだ。小さい子供から大人まで楽しめる作品だ。劇場を出るときにはとても心地よい気分だった。
おさらい的にあらためて書いておくと、パペットアニメーションは人形アニメとも呼ばれる。人形やぬいぐるみを少しづつ動かしコマ撮りして作る手法で、ストップモーション・アニメーションの一種だ。NHKで放送されていた短編アニメ『ニャッキ!』など、粘土で作った人形やキャラクターを動かすものはクレイアニメと呼ばれる。ストップモーション・アニメーションはさかのぼれば映画史の初期からあり、特撮技術でもある。かつてのファンタジー映画などではモンスターを描くのに多く用いられた。アニメ史と映画史、双方にとって歴史がありゆかりのある手法だ。