1月末でTVアニメ『HUGっと!プリキュア』が最終回を迎えた。堂々たる大団円だ。
始まった時はずっと見てきた例年の『プリキュア』シリーズの新シリーズとしか思っていなかった。それがまさか、50歳を過ぎて『プリキュア』にここまで泣かされる1年になるとは予想もしなかった。 『プリキュア』についてはアニメをそれほど見ないかたでもさすがに知っているだろう。日曜日の朝にテレビ朝日系列で放送されている女児向けアニメシリーズ。女の子たちが不思議な力によって“プリキュア”と呼ばれる戦士に変身し、謎の敵と戦うという内容だ。
2004年の第1作『ふたりはプリキュア』から始まり、主要キャラクターや敵、大枠のテーマを作品によって変えつつ続いている。昨年は『プリキュア』シリーズ開始15周年で、そのアニバーサリーイヤーに放送されていたのがシリーズ15作目『HUGっと!プリキュア』(以下『はぐプリ』)になる。 おそらく歴代『プリキュア』の中で、これほど話題になった作品はなかったのではないだろうか。普段はアニメの話題などはあまりしない人たちやメディアでもが反響について取り上げた。それほどこの作品はセンセーショナルに映った。娘と一緒に見ていた親の心もとらえ、アニメファンの心もとらえ、話題から目にしたであろう(特に)女性たちの心もとらえた。
画面の中で主人公たちは「女の子・男の子らしくあるとはこういうこと」「こうでなくてはならない」といった固定観念や、多様性への不寛容へ「NO」をつきつけた。自分たちを取り巻き、生き方を束縛するものに立ち向かい、悩む人たちや自分たちに応援を送り続けた。ついには「プリキュアは女の子が変身するもの」という固定観念すらも打ち破り、男子が変身したことも大きな話題となった。 実に現代的な、今風のテーマでありメッセージだ。これらが描かれた幾多のエピソードは子供と一緒に見ていたお母さんたちや、僕のようなアニメファンからも「泣いた」という反響が巻き起こった。
『はぐプリ』は多様性と可能性を訴えた。多様性を否定・拒絶するような人もいるが、それはともすれば可能性の否定に繋がる。可能性が閉ざされる以上そこには未来も無い。だから可能性を奪おうとする者には屈しない。その戦いだった。1年間の物語が最終回において大人になった主人公の出産に繋がっていくのもその象徴になる。そこで生まれた子供こそが主人公らが1年間守り続けた赤ちゃん・はぐたんであったことを考えると、子育てではなく「母」や「子を守る親」がテーマであったかもしれない。
同時にそのことから「『プリキュア』は大きく変わった」と感じた人も多かったようだ。こういったテーマ、メッセージに「大人向けなのでは」「メインターゲットである子供にわかるのか」といった反応もあった。
だが、『プリキュア』はその第1作目から「女らしさ、男らしさという言葉は使わず、ジェンダーは意識していた」と、製作サイドのインタビューでも語られている。振り返れば初代『ふたりはプリキュア』のバトルスタイルも、この「女の子らしさ」という概念を打ち壊すことの映像的な表現だった。女児向け作品にもかかわらずパンチやキックを主体とした徒手空拳のアクションはあまりにも異色で、放送開始時に多くの人が驚いた。