『ナイル殺人事件』が誘う本当の話
最後に、余談をひとつ。78年版『ナイル殺人事件』が公開された後、奇妙な事件が日本で起きた。かつては映画解説者としてテレビの洋画劇場を担当し、タレント活動でも知られた映画評論家のMが、顔を隠して著名な俳優一家に接近し、警視総監の秘書を名乗って犯罪履歴を消してやるとそそのかしたのだ。この一家の子どもたちが薬物事件を起こしていたことから、130万円を支払えば犯罪事実を抹消するというのである。
実際には、そうした交渉の席に着く前に、不審に感じた俳優一家からの通報で警察に連行されたため未遂に終わったが、警視総監の偽造印などを作成していたために、Mは署名印章偽造の疑いで逮捕された。調べに対して、「映画『ナイル殺人事件』を観て思いついた」「頭を使えば完全犯罪で金儲けが出来ると考えた」などと供述したそうだが、78年版の『ナイル〜』には、エジプトまで付きまとって新婚旅行を邪魔するジャクリーンにポアロが、「過去を埋葬なさい。潔く過去に別れを告げるのです」と忠告する場面がある。Mは、ここから過去を抹消するための奇想天外な完全犯罪を思いついたのだろうか。
魅力的な犯罪と映画がセットになると、思わぬかたちで現実に影響が現れるのかもしれない。今回のポアロがジャクリーンにどんな言葉をかけるかにも注目してほしいが、映画が公開されてからしばらくは、新聞の片隅に奇妙な事件の顛末が掲載されていないかどうかにも注意しておいてほしい。
文 / 吉田伊知郎
全世界で20 億冊以上を売上げる「世界一売れている作家」アガサ・クリスティ原作。“世界一の名探偵”ポアロが挑む、エジプトの神秘ナイル川をめぐる極上の《ミステリー・クルーズ》。大富豪の美しき娘の新婚旅行中に、クルーズ船内で起きた連続殺人事件。容疑者は、結婚を祝うために集まった乗客全員‥‥。豪華客船という密室で、誰が何のために殺したのか?そして、ポアロの人生を大きく変えた衝撃の真相とは?愛と嫉妬と欲望が複雑に絡み合う、禁断のトライアングル・ミステリーの幕が開く。
監督:ケネス・ブラナー
出演:ケネス・ブラナー、ガル・ガドット、アーミー・ハマー ほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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2022年2月25日(金) 全国公開
公式サイト Movies.co.jp/Nile-movie