Mar 25, 2023 column

正しさとは一体何か‥‥松山ケンイチと長澤まさみが熱演で介護社会に問う『ロストケア』

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安全地帯からいくら論じても、問題は解決しない

 映画の中盤以降を盛り上げるのは、もちろん松山ケンイチと長澤まさみとの演技バトルだ。映画、TVドラマも含めて初共演となる松山ケンイチと長澤まさみは、軽く脚本の読み合わせをしただけで、あとはリハーサルなしで対決シーンの撮影に挑んでいる。松山はベテラン介護士を、長澤は同世代の女性検事を細やかに取材した上で入念に役づくりしている。

 共に俳優としての充実期にある松山ケンイチと長澤まさみが、迫真の演技で激突する。介護現場の実情を訴える斯波に対し、正義感の強い大友は家族の絆の大切さを説く。容疑者と検事という関係性を越えた2人のバトル、果たして勝つのはどちらなのか?

「安全地帯にいるあなたには、穴の底で苦しむ人たちの気持ちは分からない」

 斯波のセリフが、大友の、そして客席で映画を観ている我々の胸に突き刺さる。エリート公務員である大友のような安定した生活を送っている上流社会の人間には、家族の介護で身も心もボロボロになり、生活費にもこと欠く下流社会に生きる人間の心情を理解することはできない。斯波はそう断言する。

 斯波のこの指摘は、介護だけの問題ではない。結婚や出産を望んでいても、収入の不安定さから諦める若い世代は少なくない。働きたくても仕事が見つからないから生活保護や失業手当ての申請をしているのに、自助努力が足りないと市役所の窓口で追い返されてしまう。下流生活に陥ったのは、自己責任だと世間からは叩かれる。新人ヘルパーだった由紀(加藤菜津)のように、若者さえも社会に絶望することしか許されていない。

 政治家や官僚たち上流社会で暮らす人々は、まったくの安全地帯から綻びゆくこの国の将来を案じている。いくら安全地帯で議論を重ねても、介護問題や少子化対策などの根本的な問題解決には結びつかないだろう。

 斯波みたいな生き地獄の中でもがく人間たちのいる場所にまで、安全地帯から降りてくる勇気のある人はどれだけいるのだろうか。聖書の「黄金律」を、そして「ハチドリのひとしずく」を実践できる人が現れるかどうかに、この国の未来は委ねられている。

文 / 長野辰次

作品情報
映画『ロストケア』

早朝の民家で老人と介護士の死体が発見された。捜査線上に浮かんだのは死んだ介護士と同じ訪問介護センターに勤める斯波宗典。彼は献身的な介護士として介護家族に慕われる心優しい青年だった。検事の大友秀美は斯波が務める訪問介護センターで老人の死亡率が異常に高いことを突き止める。この介護センターでいったい何が起きているのか?大友は真実を明らかにするべく斯波と対峙する。「私は救いました。」斯波は自分がしたことは「殺人」ではなく「救い」だと主張する。斯波の言う「救い」とは一体何なのか。なぜ、心優しい青年が未曽有の連続殺人事件を起こしたのか。斯波の揺るぎない信念に向き合い、真相に迫る時、大友の心も激しく揺さぶられる。真の正義とは、本当の幸せとは、を深く考えさせられる慟哭のヒューマンサスペンス。

監督:前田哲

原作:「ロスト・ケア」葉真中顕 著 / 光文社文庫 刊

出演:松山ケンイチ、長澤まさみ、鈴鹿央士、坂井真紀、戸田菜穂、峯村リエ、加藤菜津、やす(ずん)、岩谷健司、井上肇、綾戸智恵、梶原善、藤田弓子 / 柄本明

配給:日活 東京テアトル

©2023「ロストケア」製作委員会

公開中

公式サイト lost-care.com