Jul 13, 2026 column

なぜ人は犯罪者を英雄視するのか 『デッドマンズ・ワイヤー』が映すアメリカ社会の病理 (vol.91)

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ジャーナリズムが漂う映画の真髄に挑む役者たち

犯人トニーが傲慢な不動産ローン会社の社長を呼び出そうとするも、アル・パチーノ演じる社長は一切応じない。そこで主人公が人質として選ぶのが、社長の一人息子ディック。電話の向こうで、謝罪を懇願する息子に対し、父は「息子よ、彼が君の首に銃をつきつけているのに、なぜ、私たちが謝罪しなくちゃならんのだ? ストックホルム症候群じゃないのか」と冷たく問いただす。ストックホルム症候群は、被害者が加害者に共感や好意を抱く、1973年に起きた事件をきっかけに生まれた精神医学用語。犯人の要求に全く怯まない不動産ローン会社社長を演じるアル・パチーノの出番は少ないものの、息子の首にワイヤーがまかれ、ショットガンで脅される悲惨な姿をみても動じず、自らのスタンスを変えない富裕層のバケモノ的存在感は見事。

事件に耳を傾ける一般人と同様、人気ラジオDJのフレッドも、1日の仕事を終えて、家族との夕食の時間に間に合わせようと帰宅途中だった。しかし、一本の電話が彼をとめる。「銃をつきつけている、あの事件の男が話したいそうです」と電話をつなぐアシスタント。トニーは、DJフレッドの大ファンで、大好きなDJとなら話をしてもいいと考え、グレイブル刑事の交渉には応じず、自ら聞き手を選ぶ。もとは真面目な起業家でショッピングセンターを作るためのインディアナポリスのある土地を確保するため銀行でローンを組むが、共にリースする予定だったテナントが集まらず、自らの利益のために、その計画を阻止するように背後で動いていたのが不動産ローン会社の社長。それにより、トニーは借金地獄に追われる。そんなおだやかでないトニーを演じるのがスウェーデン出身の俳優ステラン・スカルズガルドの次男、ビル・スカルスガルド。

業界内で、めきめきと頭角を現したビルは、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(2017) や『ノスフェラトゥ』(2024) など、ホラー系の毒のある登場人物を演じてきたが、今回の役は、人質をとってまでも正義を証明しようとする頑固な男を描いていて、新しいファンを生むことは間違いない。彼とガスの出会いは彼が幼少のとき。ガスが監督した『グッド・ウィル・ハンティング /旅立ち』(1997) に出演した際に父ステラン・スカルスガルドが撮影現場に連れてきていた。監督は、撮影現場に大勢の子どもをつれてくるなと印象に残っ位亭いたそうだ。そんな父同様、現在35歳ながら、出演作は35作品以上と、なかなかの実績を持つスカルスガルドの今後はかなり期待できる。

人気ラジオDJのフレッド・テンプルを演じるのは大ヒット映画『Michael/マイケル』(2026) でジャクソン・ファミリーの自己顕示欲の強い父を演じたコールマン・ドミンゴ。モデルとなったフレッド・ヘックマンは、コミュニティの多様性を重んじた、インディアナ州の著名な白人ジャーナリストだった。映画では、監督とプロデューサー、カシアン・エルウィズの提案で黒人俳優を起用することになり、映画の中のラジオDJは、監督自身も好きで聞いていたという自らピースメイカー、仲裁者という名乗りをあげていた、セクシーな声の人気DJウィリアム・ロスコーをモチーフにしている。そこで、ビート・ジェネレーションの詩を読むような粋なパーソナリティ役として脚本を書き換え、孤独なトニーの本音を引き出すシーンなどが、魅力的に描かれている。

そのほか、たまたま事件の現場に居合わせる駆け出しのTV局リポーター役に、AppleTV+の人気配信シリーズ「インダストリー」(2020) でウォールストリートの株のトレーダーとしてサバイバルする主人公を演じて人気を博した女優のマイハラ。トニーが引き起こした事件の瞬間を察知して、カメラマンにその一部始終を撮影させ、今までろくな仕事をくれなかったTV局のプロデューサーを説得する女性を演じる姿も力強い。アル・パチーノ演じる社長の妻には、『ドラッグストア・カウボーイ』のケリー・リンチもカメオ出演。トニーに脅されながらも、ある部分では共感していく社長の息子で、人質役のデイカー・モンゴメリーも、「ストレンジャー・シングス 未知の世界」(2016〜2025) シリーズで人気が急上昇したオーストラリア出身の若手男優で、迫力のある演技を見せている。

なぜ今、ガス・ヴァン・サント監督なのか。来月8月にはデジタル・リマスター版の『マイ・プライベート・アイダホ』(1991)、そして9月には同じくデジタル・リマスター版でデビュー作『ドラッグストア・カウボーイ』(1989) が、日本でリバイバル上映される。そして、これらの映画から彼が世にだしたスターも大勢いる。デビュー作ではマット・ディロン、23歳で他界した若手スター、リバー・フェニックス(実弟ヨアキン・フェニックス)、そして現在でもアイコン的存在のキアヌ・リーブス。今ではすっかりベテランのマット・デイモンとベン・アフレックも、『グッド・ウィル・ハンティング /旅立ち』でハリウッドを担う大スターとなっていった。数々の作品でスターを誕生させてきた監督は、今回のキャスティングでも次世代を動かす若手の才能を見出している。さらに、映画がよりジャーナリストの視点を重視してきていることをふまえて作ったというこの新作はこれまで以上に、切れ味がよい社会派で、ファンでなくても見逃してほしくないエンターテインメント映画に仕上がっている。

文 / 宮国訪香子

作品情報
映画『デッドマンズ・ワイヤー』

不動産ローン会社に財産を騙し取られたとして、同社に押し入り役員を人質にとった男は、自分の首と人質の首をショットガンとワイヤーで固定、ヘタに動けば人質に向かって自動発砲される“デッドマンズ・ワイヤー”という装置を使って、警察すら近づけない状況で籠城する。謝罪や補償を訴える男が現場からのメディア出演など異常な行動に出始めると、世間は事件を真っ向から非難する者と、犯人に同情を抱く者で二分されていく。膠着状態を打開しようと警察が突入に備える中、ついに犯人と社長が電話で話すことになるのだが‥‥。

監督:ガス・ヴァン・サント

出演:ビル・スカルスガルド、デイカー・モンゴメリー、ケイリー・エルウィス、マイハラ、コールマン・ドミンゴ、アル・パチーノ

配給:KADOKAWA

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2026年7月17日(金) 全国公開

公式サイト deadmanswire