Apr 12, 2023 column

第29回:坂本龍一に影響を受けた映画音楽 『TAR/ター』と『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

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坂本龍一の音楽に影響を受けた アイスランド出身作曲家ヒドゥル・グドナドッティルの新作映画

『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

原作は、カナダ、マニトバ州の「メノナイト」という厳格なキリスト教の一派、アーミッシュと似た自給自足のコロニーで育った女性作家ミリアム・トウズの同名ベストセラー本。2005年から2009年にかけてボリビア移民のメノナイトの村で、寝ている間に動物に注入する鎮静剤を飲まされて、少女や女性たちがレイプされた実際の事件をもとに描かれている。男性上位主義のメノナイトのコロニーでは、女性は教育も受けられないだけでなく、移民した土地、ボリビアの言葉も一切しゃべれないという宗教の掟にしばられた村だったという。裁判にかけられた男性たちが処罰もないまま、村に帰ってくるまでの2日間の間に、自らの人間としての立ち位置を語り合い、村を出るか、それとも神の名の下で、その犯罪者を許して生き続けるかという、信者にとっての難しい選択を迫られる物語である。

脚本、そして監督をつとめたカナダ人監督サラ・ポーリーはもともと女優として活躍。2012年のドキュメンタリー映画『物語る私たち』 以来、10年間、子育てや、体調を崩したことで監督業は休業し、10年目の復活作品となったこの作品。プロデューサーの女優フランシス・マクドーマンドを筆頭に、大勢の実力派女優クレア・フォイやジェシー・バックリー、そしてルーニー・マーラなどが出演した力強い作品である。サラ・ポーリーは原作を読んだ時から、物語に共鳴し、映画向けに脚色、そして監督を務め、今年、第95回アカデミー賞脚色賞を受賞している。

グドナドッティルはこの脚本を読んで、同じ女性として怒りが止まらなかったと語っている。しかし、彼女が作らなくてはいけない音楽は、その物語に唯一残された希望を見出す道具でならなくてはいけないと理解し、女性の未来につなげる希望のメロディを作るために、世代の違う女性たちの生き様をそれぞれの楽器としてインスピレーションを膨らませたという。業界紙デッドラインの「ザ・プロセス」というコーナーでは、脚本・監督のサラ・ポーリーが共に仕事をした作曲家グドナドッティルにインタビューするという、おもしろいアカデミー賞前哨戦企画が行われていた 。

サラ・ポーリー監督自身、グドナドッティルの音楽の魅力はセンチメンタルではないのに、気持ちが揺さぶられるメロディにあるとしている。この映画のテーマは、現在のアメリカで、1973年に『ロー対ウェイド』判決で認められた女性の中絶権利が去年、最高裁で翻されたことも暗示していて、現代の女性の権利を考える重要なトピックが掲げられている。実際に苦しい立場に立たされた女性たちが、そこからどう前に進むのか。映画に秘められた女性たちの未来は、その行方を見守るような躍動感のあるメロディになって、水源から小さな河が生まれ、それが大きな大河になるような力強い旋律となって、魂を揺さぶる音楽に仕上がっている。

文 / 宮国訪香子

作品情報
映画『TAR/ター』

世界最高峰のオーケストラの一つであるドイツのベルリン・フィルで、女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ター。彼女は天才的な能力とそれを上回る努力、類稀なるプロデュース力で、自身を輝けるブランドとして作り上げることに成功する。今や作曲家としても、圧倒的な地位を手にしたターだったが、マーラーの交響曲第5番の演奏と録音のプレッシャーと、新曲の創作に苦しんでいた。そんな時、かつてターが指導した若手指揮者の訃報が入り、ある疑惑をかけられたターは、追いつめられていく‥‥。

監督・脚本:トッド・フィールド

出演:ケイト・ブランシェット、マーク・ストロング、ジュリアン・グローヴァー

配給:ギャガ

© 2022 FOCUS FEATURES LLC.

2023年5月12日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

公式サイト gaga.ne.jp/TAR/

映画『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

2010年、自給自足で生活するキリスト教一派の村で起きた連続レイプ事件。これまで女性たちはそれを「悪魔の仕業」「作り話」である、と男性たちによって否定されていたが、ある日、それが実際に犯罪だったことが明らかになる。タイムリミットは男性たちが街へと出かけている2日間。緊迫感の中、尊厳を奪われた彼女たちは自らの未来を懸けた話し合いを行う。

監督・脚本: サラ・ポーリー

原作:ミリアム・トウズ「WOMEN TALKING」

出演:ルーニー・マーラ、クレア・フォイ、ジェシー・バックリー、ベン・ウィショー、フランシス・マクドーマンド ほか

配給:パルコ ユニバーサル映画

© 2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.

2023年6月2日(金) TOHOシネマズ シャンテ、渋谷 ホワイトシネクイント ほか全国公開

公式サイト womentalking-movie.jp

宮国訪香子

L.A.在住映画ライター・プロデューサー
TVドキュメンタリー番組制作助手を経て渡米。 ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズ修士課程卒業後、ロサンゼルスで映画エンタメTV番組制作、米独立系映画製作のコーディネーター、プロデューサー、日米宣伝チームのアドバイザー、現在は北米最大規模のアカデミー賞前哨戦、クリティクス・チョイス・アワードの米放送映画批評家協会会員。趣味は俳句とワインと山登り。