しかし、ドキュメンタリーとは必ずしも事実を客観的に捉えるものではない。「ドキュメンタリーは嘘をつく」とは日本を代表するドキュメンタリー映画監督・森達也による著書のタイトルだが、ドキュメンタリーも一種の物語である以上、そこには作り手の意図や演出が確実に存在する。そもそも、カメラを向けられる被写体が“ありのままのその人”であることを証明することは限りなく不可能に近い。アニメーション・ドキュメンタリーは、そうしたドキュメンタリーの創作性を膨らませ、時には観る者の想像力に訴えかけることで、実写以上のリアリティで事実を伝えようとするものだ。
アニメーション・ドキュメンタリー映画の代表的な作品には、レバノン内戦を題材とした『戦場でワルツを』(2008年)や、韓国系ベルギー人であるユン監督の半生を描いた『はちみつ色のユン』(2012年)などがある。『FLEE フリー』のアート・ディレクターを務めたジェス・ニコルズは『戦場でワルツを』に衝撃を受けたことを語っており、その影響は本作にも見て取れる。『戦場でワルツを』は監督のアリ・フォルマンがレバノン内戦に従軍した当時の記憶を自ら探っていくストーリーだが、現在と過去を行き来しながら真実を解き明かしていく構成は同じ。当時のポップソングなどを使用することで時代の空気を炙り出し、時にはハードな内容を軽やかに描く演出も共通している。
本作の監督・脚本を務め、自ら監督の声を担当したヨナス・ポヘール・ラスムセンは、劇中と同じく少年時代からアミンの友人だった。のちにラジオのドキュメンタリー番組を手がけるようになったラスムセンは、移民でありながらデンマークのコミュニティにしっかりと馴染んでいたアミンに対し、彼自身の物語を一緒に描きたいと提案したという。しかし当時のアミンにはまだその準備がなく、実現にはしばらく時間がかかった。それでも、過去を乗り越えたい、自分を他者にさらけ出すことを学びたいと考えていたアミンにとって、アニメーションは絶好の方法だったのだ。
アニメーションの制作に先がけ、ラスムセンは3~4年間にわたりアミンへのインタビューを実施した。劇中ではアミンが横になりながらラスムセンの質問に答える様子が描かれているが、これは実際にラスムセンがラジオのドキュメンタリーで培ってきた方法だという。アミン自身が語ったアフガニスタンでの思い出、亡命後の生活、そして“故郷”の物語を基にしてラスムセンは映画の構成を練り、アミンも常にプロジェクトに伴走。映画にはラスムセンとともに「脚本」としてクレジットされている。
事実と虚構の狭間で「真実」を描く
監督のヨナス・ポヘール・ラスムセン、アート・ディレクターのジェス・ニコルズらは、アミンの物語を映像化するために、異なるスタイルのアニメーションを融合させた。現在のアミンが記憶を語る様子や、アミンの中に鮮明な思い出は、はっきりとした2Dのカラー・アニメーション。かたやアミンのトラウマや抑圧された記憶は、もっと抽象的なアニメーションによって描かれている。
映像作品である『FLEE フリー』は、ラスムセンが取材や調査によって引き出した言葉を、あくまでも映像によって物語ろうとする。あえてドラマティックに演出されている場面や、省略や記号化を用いたシーンもあるが、それらは観客の感情や想像力を喚起することで、アミンの経験や記憶により肉薄しようという試みだ。
また本作の特徴は――やはり『戦場でワルツを』と同じく――本編にアミンが少年時代を送った当時のニュース映像などを挿入している点にもある。ラスムセンは1980~1990年代の記録映像をYouTubeから探し出し、物語の合間に使用。これがアミンの物語に圧倒的なリアリティを与え、また、彼の経験が厳然たる歴史的事実であることを観る者に突きつける。観客の想像力を借りて飛翔していく物語の随所に、きっちりとした着地点を用意しておくのだ。
すなわちこの映画は、さまざまなスタイルの映像を駆使することで現実をさまざまな角度から伝えるという、アニメーション・ドキュメンタリーというジャンルの強みを見事に活かしている。そのために、どこまでがアミンの語った事実で、どこからがラスムセンによる虚構なのか、その境界線は曖昧だ。先に触れた通り、アミンらを守るために“事実”はある程度伏せられているし、その一方で、演出も含めた“虚構”こそが事実を雄弁に語ることもある。
ただし最も重要なことは、アミン・ナワビ(仮名)という人物が、これまで語るに語れなかった“真実”を、事実と虚構の狭間において、ようやく語ることができたということだろう。『戦場でワルツを』や『はちみつ色のユン』がそうだったように、本作も対象の人物にとっては制作のプロセスそのものが一種のセラピーとなっている。もっとも、それが世界・社会の問題をえぐり出すところに映画としての意義があるし、本作の場合、「いまだ“事実”を伏せなければ“真実”を語れない」という世界の構造を、そのまま作品の構造に当てはめたところに凄味があるのだ。
なお本作には、『パラサイト 半地下の家族』(2019年)などのポン・ジュノ監督、『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)のギレルモ・デル・トロ監督など世界のクリエイターから賛辞が寄せられた。また、パキスタン系イギリス人であり『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜』(2019年)でイスラム教徒史上初のアカデミー賞候補となったリズ・アーメッドと、「ゲーム・オブ・スローンズ」(2011年~2019年)のニコライ・コスター=ワルドーは、映画の完成度に感銘を受けてエグゼクティブ・プロデューサーに就任。英語版ではアミンとラスムセン監督の吹き替えをそれぞれ担当している。
アミンの個人的な物語は、国境や民族といった壁を超えて世界全体に届いた。それはアミンの過去やアイデンティティをめぐる葛藤が、今を生きる人々にとって多かれ少なかれリアルなものだったからだろう。それは同時に、アミンの物語を観客ひとりひとりに近づける、アニメーション・ドキュメンタリーだからこそ実現できたことでもあるはずだ。
文 / 稲垣貴俊
アフガニスタンで生まれたアミンは、幼いころ、父が連行されたまま戻らず、残った家族とともに命がけで祖国を脱出した。やがて家族とも離れ離れになり、数年後たった一人でデンマークへと亡命した彼は、30代半ばとなり研究者として成功を収め、恋人の男性と結婚を果たそうとしていた。だが、彼には恋人にも話していない、20年以上も抱え続けていた秘密があった。あまりに壮絶で心を揺さぶられずにはいられない過酷な半生を、親友である映画監督の前で、彼は静かに語り始める。
監督:ヨナス・ポヘール・ラスムセン
配給:トランスフォーマー
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