実際の息子も認めたエンツォ・フェラーリ像
レースに対する情熱と執念、司令官としてのカリスマ性と暴力性、謀略家としての明晰さ、プライベートのぞっとするような無責任さと激しい自己正当化、そのなかに時折見える優しさと繊細さ。本作はエンツォ・フェラーリという人物をドライな視線で見つめ、ありのままをスクリーン上に投げ出した。
興味深いことに、マンはエンツォの人間性に強い関心を抱きながら、この物語に自らを投影することは一切しなかったという。むしろ映画を撮るうえでは、1957年のイタリア・モデナを細部まで再現し、当時の社会性や精神性、情感までも精密にとらえるアプローチを大切にしたようだ。だからこそ、エンツォという人間に深入りしすぎない映画ができあがったのだろう。
愛人のリナとの間にもうけた息子・ピエロ本人によれば、ドライバーが演じた劇中のエンツォは、そうした父親の性質を忠実に表現していたという。いわく、実際のエンツォも「常に前を見ており、常に前進し、決して後戻りしない人」。この作品については「映画が好きか嫌いかということはあるにせよ、この物語は真実。つまり本当に起きたことです」と語った。
映画の最後には、真実だからこそ割り切れない、どこかざらりとした感覚が残る。傷つけた者も、傷つけられた者も、生き延びた者も、あるいは命を落とした者も、このようにしかありえなかった――そんな人間と世界のままならなさと、希望とも絶望ともつかない時間があるだけの結末だ。しかしそんな締めくくり方こそが、ほんの一瞬がすべてを左右し、次の瞬間に何が起きるかさえわからないカーレースの映画にはふさわしかったのかもしれない。
文 / 稲垣貴俊
1957年。イタリアの自動車メーカー「フェラーリ」の創始者エンツォ・フェラーリは激動の渦中にいた。妻ラウラとともに設立した会社は経営の危機に瀕し、1年前の息子ディーノの死により家庭は破綻。その一方で、愛するパートナー、リナ・ラルディとの間に生まれた息子ピエロを認知することは叶わない。再起を誓ったエンツォは、イタリア全土1000マイルを走る過酷なロードレース“ミッレミリア”にすべてを賭けて挑む。
監督:マイケル・マン
原作:ブロック・イェイツ「エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像」
出演:アダム・ドライバー、ペネロペ・クルス、シャイリーン・ウッドリー、パトリック・デンプシー
配給:キノフィルムズ
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