Dec 16, 2022 column

映画『Dr.コトー診療所』公開記念 ヒューマン・ドラマの金字塔を振り返る

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12月16日に公開された映画『Dr.コトー診療所』。本作は初めて「Dr.コトー」にふれる方も楽しめる内容だが、登場人物の背景や前日譚を知っているとより深く作品を楽しめるはずだ。
そこでこの記事では、映画版の公開を記念してドラマ版「Dr.コトー診療所」を振り返る。
2022年に至るまでの離島で起きた人間ドラマを改めて確認してほしい。

映画『Dr.コトー診療所』公開記念 ヒューマン・ドラマの金字塔を振り返る

Dr.コトー診療所

2003年フジテレビ木曜10時枠で放送された連続ドラマ『Dr.コトー診療所』。発行部数1200万部を超える山田貴敏の同名マンガをもとに平均視聴率19%、最高視聴率22.3%の大ヒットを記録した。

2003年7月3日放送の第1話「美しい南の島から、心温まる感動の物語(そこに、人が生きている)」では、大海原を1艘の漁船が渡っていくシーンから始まる。

東京の大学病院から外科医、Dr.コトーこと五島健助(吉岡秀隆)が、役場の職員である、星野正一(小林薫)に請われて無医村である離島・志木那島に赴任する。
そして診療所に待つのは、星野の娘で看護師の星野彩佳(柴咲コウ)、事務長として役場職員と兼務している和田一範(筧利夫)。ドラマ放送第1回では、コトーを迎えに行った漁師・原剛利(時任三郎)の息子、剛洋が盲腸となり、海上に浮かぶ漁船の上で手術をする。

このドラマ第1回で放送された壮大な大海原のシーンは、ヘリの空撮も含めて何時間もかけて撮られたそうだ。

船酔いした息子の剛洋(富岡涼)に向かって「漁師の息子が、情けねぇ」と言うシーンがあるが、剛利役の時任三郎は、ドラマ当時、漁師役なのに「自分が一番船に弱かった」というエピソードを明かしている。

映画『Dr.コトー診療所』公開記念 ヒューマン・ドラマの金字塔を振り返る

志木那島のロケ地となったのは、日本最南端にある与那国島。ドラマロケ当時は、データ転送などの技術も十分ではなかったため、放送に間に合わせるために、スタッフが撮影素材テープを抱え、海を超え、東京へ持って帰って編集するという作業を行っていたという。

石垣島からフェリーで4時間かかる距離に位置するこの島で、今回の映画撮影も3週間のロケが行われた。例え苦労や不便が予想されても「コトー」はこの島でならないからだ。

2003年シーズンは第1話で登場した、コトー、彩佳、和田、星野、原親子を中心に、志木那島での人間模様が描かれる。もちろん、彼ら以外にも豪華キャストが出演している。

2003年7月17日放送、第3話「赤ちゃんを助けて」では、星野正一の部下で役場の職員・坂野孝(大森南朋)。彼の妊娠中の妻・ゆかり(桜井幸子)が倒れ、母子ともに危険な状態のところをコトーが救い、東京から来たよそ者医師に、懐疑的だった島の人たちともだんだんと心通わせていく。

2003年8月7日放送、第6話「愛する我が子へ」、2003年8月14日放送、第7話「巣立ち」では、島に住む人間たちの心模様が描かれる。

島でスナックを経営している西山茉莉子(大塚寧々)のもとに、離婚して別れた息子・竜一(神木隆之介)がやってくる。そして、正一の親友で志木那島漁労長である安藤重雄(泉谷しげる)には、東京で美容師をしていた娘・リカ(伊藤歩)が、お腹を大きくし、シングルマザーとして島に戻ってきた。ともにギクシャクしていた関係が、怪我、出産を経て親子関係を取り戻すが、ふたりの子どもたちは東京に帰っていく。「俺たちは見送ってばかりだな」という、泉谷しげるのセリフが目に染みる。この日から、泉谷演じる重さんは、娘にもらった派手な服を着るようになる。

こういった衣装や小道具も「Dr.コトー」の世界観をつくっている。夜遅く独りで食事をするときに登場する、人気のカップ麺ヤシガニラーメンもそうだが、コトーが診療所で履くわら草履。これはコトーの医者として、島の人たちを絶対救うんだという意思と覚悟の表れだ。

2003年8月21日放送、第8話「救えない命」では、高齢のあきおじが末期がんと判明し亡くなる。自らの死期を悟った彼は「ワシの自慢は、スイカとわら草履。これしか出来ない」とコトーに感謝を示す。看取ることでありがとうと言われ、無力な自分に涙したコトーは、この日から診療所でわら草履を履くようになる。

最高視聴率22.3%を記録した最終回に向けて、物語は加速する。島の住民に受け入れられたコトーに、スキャンダルが発覚。彼は大学病院で医療ミスをして島に逃げてきたという週刊誌の記事が流布される。実際、研修医のミスによるものだったが、任せて現場を離れたコトーは甘んじて批判を受ける。

裏切られたと落胆する島民により集会が開かれるなか、台風による土砂崩れで週刊誌記者、子どもたちが車で生き埋めとなる。見事、皆の命を救うコトーだが、退職願を提出し島を去ってしまう。その後、本当はコトーの人間性を信じていた島民たちのわだかまりは消え、原親子が上京し迎えに行くこととなり、再びコトーは志木那島に戻ってくる。

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