伝えるのは言葉、それ自体ではない
話を『こころの通訳者たち What a Wonderful World』に戻そう。
先にあげた舞台手話通訳者だけでなく、ドキュメンタリー制作ディレクター、観劇支援団体理事長、モニターの視覚障害者、音声ガイドのナレーターなどなど打ち合わせを重ね、最終的に、みんなが納得のいくものが出来上がる。
しかし、完成した音声ガイド入りの映像は、健常者の私から見たら、手話の描写を伝えるものではないし、これが目の見えない観客に伝わるのか少し不安を覚えた。
映像内すべての情報を視覚障害者に、限られた時間で伝えるのは不可能だ。ただ、ドキュメンタリーの主人公が、どんな思いでいたか、場面がどういった空気だったのかを感じることはできる。伝えたいのは、言葉や描写ではなく、熱意や感動といった目に見えないことだ。
“大切なことは目に見えないんだよ、心で見なければ物事はよく見えない”と「星の王子さま」に書いてあったけれど、付け加えるなら、大切なものは”耳に聴こえないし、触れることもできない”のかもしれない。
人によって考え方や感じ方はそれぞれで、伝わり方も伝え方もそれぞれだ。これに障害の有無は関係ない。どんな人でもコミュニケーションを取らなければ、分からない。お互いに違いがあったとしても、同じところもあるはずだ。対話をしてもすべてが分かるわけでもないけれど、それでも伝えることを諦めてはいけない。
個人主義が進む現代社会のなか、違いを認めて対話を重ねることの大切さを確認するためにも、本作の観劇をお薦めしたい。
文 / 小倉靖史
監督:山田礼於
出演:平塚千穂子、難波創太、石井健介、近藤尚子、彩木香里、白井崇陽、瀬戸口裕子、廣川麻子、河合依子、高田美香、水野里香、加藤真紀子
配給:Chupki
Ⓒ Chupki
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