Sep 02, 2022 column

『ブレット・トレイン』原作愛と創造的破壊の奇跡的融合、あるいはタランティーノへの回帰

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豪華スター陣の好演・怪演

スピーディに展開する約2時間の鉄道旅行(劇中ではもっと長い時間が経過する)を彩るのは、ハリウッドで活躍するトップスターたちの好演・怪演だ。出番の大小こそあれ、それぞれの役柄に厚みをもたらす、演技者としての魅力をたっぷりと味わうことができる。

レディバグ役のブラッド・ピットは、自分の悪運に振り回される殺し屋を情けなく、また愛らしく演じながら、クールな一面も垣間見せる。いい塩梅に力の抜けた芝居からは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)クリフ・ブース役のような人間味が感じられるし、アンサンブルの一員としてのびのびとした姿は『スナッチ』(2000年)のようだ。

『ブレット・トレイン』原作愛と創造的破壊の奇跡的融合、あるいはタランティーノへの回帰

ある意味でストーリーテラーめいた役目を担うタンジェリンを演じるのは、『GODZILLA ゴジラ』(2014年)『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年)『TENET テネット』(2020年)のアーロン・テイラー=ジョンソン。ファンにはおなじみの軽やかな魅力をここぞとばかりに発揮する。相棒・レモン役は『エターナルズ』(2021年)『ゴジラvsコング』(2021年)のブライアン・タイリー・ヘンリー。コメディもシリアスも硬軟自在な2人の相性は抜群、きっと原作ファンも大いに納得できるコンビだろう。

キムラ役のアンドリュー・小路は、『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』(2021)などで知られるアクション俳優だが、今回はほぼ格闘の機会を封じられての新境地。プリンス役のジョーイ・キングは弱冠23歳にして芸歴15年以上の実力者で、代表作のロマコメ映画『キスから始まるものがたり』シリーズとはうってかわった悪辣ぶりを見せる。真田広之が演じるのはキムラの父親・エルダー役。日本刀を携えてアクション俳優としての面目躍如、早くも『モータルコンバット』(2021年)の続編かとすら思える活躍ぶりに注目だ。

そのほか犯罪組織の首領ホワイト・デス役のマイケル・シャノンや、その息子役のローガン・ラーマン、殺し屋・ウルフ役のバッド・バニー、ホーネット役のザジー・ビーツも、揃って自分の役柄をたっぷりと遊び尽くした突き抜け方。車掌役のマシ・オカ、パーサー役の福原かれんも含め、全員がとことん作品とキャラクターを楽しんでいるような演技を披露しているのが見どころだ。豪華キャストが持ち味を活かした充実のアンサンブルを観られるだけでも、本作の群像劇映画としての楽しさはお墨付きである。

虚構の〈日本〉をつくる

緻密な脚本を鮮やかに映像化し、かつ俳優陣の魅力をバッチリ引き出したのは、『アトミック・ブロンド』(2017年)『デッドプール2』(2018年)のデヴィッド・リーチ監督。現代のアクション映画を牽引する一人だが、『ブレット・トレイン』は本人にとってもターニングポイントとなるはずだ。

ストーリーテリングの点で特筆すべきは、あえて物語のトーンを原作から引き離したこと。リアリズムの線上でエンターテイメントを指向した原作から、むしろ荒唐無稽なフィクションへ舵を切ったのだ。それは大作映画ならではのド派手なアクションを盛り込むためにも、原作を文字通り「脱線」していくラストを描くためにも必要なことだった。

そこでリーチ監督らが構築したのは、明らかにおかしな〈日本〉像だ。しばしば誤解される向きもあるが、この日本はうっかり誕生した“トンデモ日本”ではなく、意図的にリアリティラインを踏み外したもの。本作ではカルチャー・アドバイザーが起用され、製作陣は綿密なリサーチを経てビジュアル面をデザインしている。東京駅の看板や鉄道路線図といった日本的デザインの再現ぶりにも苦労の一端がうかがえるはずだ(特に関西圏の観客なら、デフォルメされすぎた感のある米原駅などにもユーモアを感じられるかもしれない)。

『ブレット・トレイン』原作愛と創造的破壊の奇跡的融合、あるいはタランティーノへの回帰

さらに『ブレット・トレイン』流の日本には、ポップカルチャーにおける日本の表象もあれこれと引用されている。いまや『ブレードランナー』(1982年)以来の“伝統”であるサイバーパンクな日本像や、ヤクザ映画や時代劇のテイスト、そして90年代以降の“かわいい文化”。プリンスのファッションは日本の女子高生の制服にインスピレーションを受けたというし、モモもんを見て東京2020パラリンピックのマスコットキャラクター「ソメイティ」を思い出す観客も少なくないだろう。

最初にリアルな日本をリサーチして基本を押さえながら、そこにフィクショナルな〈日本〉を重ね、現実にはありえない新幹線≠超高速列車を走らせる。この舞台設定だからこそ『ブレット・トレイン』の物語は走り出し、そして“現実には到底ありえない”ハチャメチャなアクションをも乗せることが可能になった。アクション映画監督、デヴィッド・リーチの本領はそこからだと言っていい。

『ブレット・トレイン』原作愛と創造的破壊の奇跡的融合、あるいはタランティーノへの回帰