業界のプロフェッショナルに、様々な視点でエンターテインメント分野の話を語っていただく本企画。日本のゲーム・エンターテインメント黎明期から活躍し現在も最前線で業務に携わる、エンタメ・ストラテジストの内海州史が、ゲーム業界を中心とする、デジタル・エンターテインメント業界の歴史や業界最新トレンドの話を語ります。
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自分が起業をする、または起業のチームに入るというのは、自分がその企業の文化的な重要なパートを担うという点で、大きな会社に入るのとは大きく違った心構えが必要になります。
歴史のある大きな会社にはそれなりの文化があり、仮に社長でその会社に入っても、その文化を全否定することはあまり勧めません。変えるべきは変えますが、どこかいいところも探していかないと前向きな変化もできないのではと考えます。実際に、私が中途で入る企業には宝物が見逃されているケースを数多く見てきています。
大きな会社では、自分が期待されている仕事がある範囲できちんと用意されていることが多く、サラリーマンになるとうまくそれをこなす作業効率の良い人が優秀であるというケースが多いのではないでしょうか。例えば営業にしてもある期間のうちに決まった商品をどれだけ売るかが評価の対象となるでしょう。
ところが、ベンチャー企業となると、起業当初にビジネスの仮説はつくるものの、それが正しくない場合にはその結果を踏まえ新たな仮説を立てなおして実行するといういわゆる今風でいうとPDCAサイクルをチームメンバーで回していかなくてはいけません。柔軟性や問題提起、解決能力が求められることになります。特に技術の変化が激しい市場では大手会社でもこのような志向は必要だと考えます。
キューエンタテインメントでは、PCのオンラインゲームのライセンスを台湾の企業から得て、運営するビジネスを始めました。これはこれで、自分たちにとっては初めてのビジネスで、チャレンジングなものでしたがまずまず好調な滑り出しでした。多人数が参加できるRPG(MMO RPG)と言われるジャンルで、人が多いほど楽しいものになります。しかし、この領域はPCでは人気があったものの、コンソールでは運営されたことはありませんでした。
ソニーもしかり、ゲームはバグがない状態で完全にバグチェックをしながら完璧なものを完成品としてパッケージされたものをユーザーが遊ぶというのがコンソールの概念で、今でこそ当たり前になってきた、常に多人数が参加しゲームの内容もサーバー上でアップデートされていくようなスタイルを想定しておらず、手順の上では運営型オンラインゲームには対応できていなかったのです。
プレイステーションで遊んでいる人もゲーマーなのでニーズがあるのではないか、また他社はPCばかり見ているので自分たちは差別化できているのではないかという仮説をたて、プレイステーション上で運営できないかソニーや台湾の会社相当と交渉を試みました。また技術的にプレイステーションで運営を可能にするため、台湾の開発会社に日本からエンジニアを送ったりしてその難度を確かめます。
ソニー内の様々な担当者と交渉を続け、こちらが対応できることできないことをまとめ、何度もプロセスを検討し最終的にはソニーにも商品を受け付けるポリシーやプロセスを少し変えてもらい、ゲームのリリースにこじつけました。
それはソニーにとっても運営型オンラインゲームをサービスする際の目安、実験台になるものでした。結果、技術的にも問題なく動き、ビジネス的にも満足する結果となりました。ソニーのポリシーに当てはまらないからと引き下がっていてはダメでしたし、実際のプロセスを提供できるまでに解決策を見つけることができたのが勝因でした。
大会社のきちんと決まったプロセスの中で効率よく回すという価値観からみると、ベンチャー初期にうまく機能できる能力や姿勢はあまりに異質な能力なのかもしれません。私の場合、大企業にいながらプレイステーションやドリームキャストの立ち上げなど、問題提起型で柔軟に動く環境にいたこともあり、新しい要件に対応するストレスは感じませんでした。早い時期にPCオンラインゲームの運営ビジネスに参入し、モバイルゲームへ参入することにも躊躇はありませんでした。
ただ、セガなど大企業から来た従業員たちは必ずしもその考えにはなじめませんでした。ビデオゲーム制作の知見のあるクリエイター、職人開発者にとって、グリーやモバゲーなどは始めた初期のモバイルゲームはどこが面白いかもビジネスモデルのツボも理解不能であっただけでなく、場合によっては嫌悪感すら持つ文化シフトだったのです。
ある社内クリエイターはG社が主催するソーシャルゲームの製作勉強会から帰ってきたときに納得がいかず憤りを示しており、キューエンタテインメント在籍中に前向きにはなれず、ヒットに恵まれませんでした。ただ、このクリエイターは今ではある会社で大ヒットスマホゲームのディレクターになっています。変化を飲み込むのにはやはりそれ相応の時間が必要なのか、また、私のリーダシップが足りなかったのか悩むところです。ただ、成功を第一義に考えると、変化をしなければいけないときにはきちんと早く変化をしなければ機会は逃げて行ってしまうのです。