もしも、授かった赤ん坊が人間ではなかったら——。
8月28日(金)より全国公開される『ナイトボーン -夜哭-』は、北欧・フィンランドの深い森に建つ屋敷を舞台に、トロール神話と産後うつの恐怖が混ざり合う、大人のための「現代の寓話」だ。
長編デビュー作『ハッチング -孵化-』で、完璧な家族の裏側を独特のタッチで描き出したハンナ・ベルイホルム監督の最新作である本作は、「母性は本能であり、我が子は無条件に愛おしいもの」という、世間のイメージに真っ向から挑む。
赤ん坊の異様な体毛、獲物を狙うような動き、そして神経を逆撫でする咆哮‥‥。北欧の深い森で、愛すべき赤ん坊がなぜ”怪物”に見えてしまったのか。
本作が暴き出す「目に見えないモンスター」の正体とは何か? すべてが崩壊していくクライマックスの先に待つのは、惨劇か、それとも救済か。
かりそめの平穏と崩壊していく夫婦
完璧な家族像にひそむ同調圧力を、独特すぎるタッチで暴き出した長編デビュー作『ハッチング -孵化-』(2022)。フィンランドの鬼才ハンナ・ベルイホルム監督が、続く長編第2作『ナイトボーン -夜哭-』(2026)で挑んだのは、社会が押し付ける”あるべき母親像”を解体することだった。
物語の原点は、監督自身の出産体験にある。昼夜問わず泣き叫ぶ我が子を前にして、心に湧き上がったのは激しい怒り、途方に暮れるような混乱。母となったリアルな感情を、北欧神話とフィンランドの土着信仰に絡めてダークホラーに昇華させたのが、この作品なのだ。

舞台となるのは、フィンランドの深い森にポツンと建つ古い屋敷。主人公のサーガ(セイディ・ハーラ)とイギリス出身の夫ジョン(ルパート・グリント)は、この大自然の中で新しい生活をスタートさせる。監督が「あの家はサーガとジョンの関係性を象徴している」と語るように、この屋敷のたたずまいそのものが、夫婦の危うい現在地を表している。腐りかけた床をカーペットで覆い隠し、根本的な問題から目を背けて見栄えだけを取り繕う。偽りの平穏を保とうとする二人の虚勢が、この空間に表象されている。
強烈なのは、物語が進むにつれて、家自体が森に飲み込まれていく描写だ。床板を突き破って部屋の中に一本の木が生え、ぐんぐん成長していく。家を内側から破壊する木は、二人が必死に取り繕ってきた関係が、無残に食い破られていくプロセスの象徴といえるだろう。

イギリス人の夫とフィンランド人の妻という設定も、夫婦の絆を切り裂く重要なファクターだ。サーガの家族がやってきてフィンランド語で話し始めると、英語しか理解できないジョンは、会話から完全に締め出されてしまう。愛する妻を支えようと異国へ移住してきたにもかかわらず、言葉の壁によって彼は疎外感を深めていく。言語の違いが、コミュニケーション不全を浮き彫りにしているのだ。
ジョンは良い夫、良い父親になろうと必死に努力している。しかし、彼の理路整然とした優しさは、極限状態にあるサーガにはすべて空回りする。良かれと思った言葉も、残酷なトゲとなって突き刺さる。正しいことをしようとすればするほど互いを傷つけ合い、心が離れてしまう。ここに描かれているのは、あまりにもリアルな夫婦の肖像なのである。
