Mar 19, 2026 column

映画『プロジェクト・へイル・メアリー』緻密に設計されたSF超大作に乗せた制御できない人間らしさ

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ヘイル・メアリー。もともとは“アヴェ・マリア”の英語表現だが、転じて「イチかバチかの賭け」や「神頼み」の意味で使われるようになった言葉だ。

映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、『オデッセイ』(2015)の原作者アンディ・ウィアーが手がけた世界的ベストセラーSF小説の映像化。主演は『ラ・ラ・ランド』(2016)や『バービー』(2023)のライアン・ゴズリング、監督は『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズの仕掛け人フィル・ロード&クリストファー・ミラーが務めた。

「熱意と期待感の表れ」といえる豪華な顔ぶれは、実はやや意外な組み合わせでもある。緻密で複雑な描写が詰まったハードSFエンターテインメントである原作小説を、ポップかつユーモラス&エモーショナルな作風で知られるロード&ミラーはいかに映画化したのか?

「神頼み」のミッション、気鋭コンビで映画化

太陽光を“食べる”謎の微生物アストロファージによって、地球は大いなる危機に瀕していた。このままでは地球の気温が低下し、生態系は崩壊し、人類は滅亡してしまう——。

中学校の科学教師ライランド・グレースは、宇宙船のなかで突如目覚めた。人類を救うための“神頼み”であるミッションに送り出されたグレースだが、自分がなぜここにいるのかを思い出せない。記憶の断片をたぐり寄せながら、グレースは科学の知識を武器に、たったひとり孤独な任務に挑む。ところが宇宙には、グレースと同じ使命を背負ったもうひとりの存在がいた。

原作小説は単行本で上下巻、計600ページを超える大ボリュームだが、「思わず一気読みしてしまった」との声が後を絶たない読みごたえが魅力だ。宇宙での壮大なミッション、主人公の記憶をめぐるミステリー、そして異星人ロッキーとの友情譚が渾然一体となった物語を、過去と現在を行き来する構成で語り尽くす。グレースの一人称による膨大な語りと科学描写も、ページをめくらせる推進力のひとつだ。

映画版の上映時間は156分だが、原作の情報量が多いぶん、展開のスピード感はすさまじい。小説の語り口を、いかに映画ならではのストーリーテリングに置き換えるか——ロード&ミラーの発想は、物語を時間的・映像的に圧縮することだった。冒頭、宇宙船で目覚めたグレースが事態を把握する速度たるや、原作読者なら「全編このスピード感でやるの!?」と驚嘆するのではないか。

もっとも、ロード&ミラーは本作を小説のダイジェストのように構築してはいない。彼らは原作に書き込まれたディテールを映像に落とし込み、グレースの体験と感情に焦点を合わせることで、必ずしも観客が知る必要のない説明を削ぎ落としながら全体を再構成している。極端にいえば、科学の理屈を正確に知っておく必要があるのはグレース本人だけだからだ。