ホラー映画ジャンルで初めて全米シネマスコア(アメリカの映画館出口調査)でAを獲得した映画『罪人たち』。『ゲット・アウト』のAマイナスを抜いたこの映画は全米公開した今春4月18日から週末3日間でオープニング興行収入約4560万ドルを記録。興行第1位のランクから14日間落ちず、オリジナル映画では近年珍しい大ヒットで、映画業界に元気な話題を提供し、現在でも劇場公開が続いている。『ブラックパンサー』『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』のライアン・クーグラー新作『罪人たち』は、今までにない、黒人ブルース音楽が宿るスーパーナチュラル・ホラー映画。それはどこか90年代のB級傑作『フロム・ダスク・ティル・ドーン』を思い起こさせるカラクリで、日本の映画ファンが唸ることは間違いなし。日本公開にあわせて、その米国での反響と、新たな切り口で観客を圧倒した、この映画のヴァンパイア伝説を、後半はネタバレありで補足したい。

ライアン・クーグラーの映画には、常にヒューマニティがつきもの。マーベルコミック作品などの大ヒットで定評があるものの、クーグラーの映画に常に反映されるのが、家族の歴史。米西海岸のベイエリア出身の監督は、祖先をたどればグレート・マイグレーションの子孫。1910年から70年の間に、奴隷制、人種差別を逃れるために南部を離れた黒人家族が多数存在し、彼の母方の祖先はミシシッピの出身。『罪人たち』の舞台は、白人史上主義の秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)の恐喝や人種差別による殺人が黙認されていた南部。広大な綿畑で奴隷となって働いた黒人家族の悲しみ、その痛みを癒し続けた音楽が描かれる。
映画の根底にあるのは哀愁。ある人は差別から抜け出すために、故郷、そして家族を捨て、ある人はその地に残って理不尽な差別に耐え抜いてきた。よりよい生活を求めて移住した人は、忘れたい悲しみや隠したい過去など、何かに後ろ髪を引かれながら、それぞれの今を築いていた。1932年のミシシッピ 。人種差別から逃れて米北部で成功したように見える黒人兄弟スモーク&スタック(マイケル・B・ジョーダンが一人二役 )は、第一次世界大戦の戦場でのトラウマ、そして、禁酒法下のシカゴで、ギャングとしてサバイバルした屈強な背景を持つ。2人はふんだんな資金で故郷に錦をかざるべく、ダンスホールの社交場を開く夢を掲げて南部の故郷に帰ってきたのだった。そこで出会うのが、牧師の息子で、父が禁じるデルタ・ブルースをこよなく愛する神童ギター奏者のサミー (マイルズ・ケイトン) 。黒人主導のダンスホールなんてありえないと訝しがる家族だが、次第にその大きな夢を実現するために家族や友人たちが協力。しかし、その音楽に引き寄せられた招かれざる客によって、血みどろの一夜を迎えることになる。

ライアン・クーグラーの初長編映画『フルートベール駅で』は、彼が学生時代に衝撃を受けた2009年のサンフランシスコで起きたオスカー・グランド三世射殺事件を元にしていて、第66回カンヌ映画祭ある視点に出品され、フューチャーアワードを受賞。作品はサンダンス映画祭で作品賞・観客賞をW受賞しただけでなく、大反響を呼び、配給権争いまで起きたことは有名。その後、『クリード チャンプを継ぐ男』をはじめ興行的にどの作品も成功していて、『ブラックパンサー』(2019) ではマーベル作品初のアカデミー作品賞を含むノミネート7部門中、衣装デザインのルース・E・カーター、美術賞のハナー・ビーチラー、そして昨年も『オッペンハイマー』でアカデミー賞作曲賞を受賞した作曲家ルドウィグ・ゴランソンと、3部門でオスカーを受賞している。映画『ブラックパンサー』は、主演のチャドウィック・ボーズマンが43歳の若さで癌で他界し、監督チームは大きな喪失感包まれたものの、ほぼ同チームで続編『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』を完成させ、ファンからも大声援を得ていた。


ライアン・クーグラーの初長編映画からこの『罪人たち』まで、監督の全作品に出演しているのが、俳優マイケル・B・ジョーダン。今回は一人二役、一卵性双生児のスモーク&スタックを演じてフル稼働。女性陣は、兄の元妻役にマーベル作品にも出演経験がある個性派ウンミ・モサク。弟の元彼女役をイーサン&ジョエル・コーエン映画『トゥルー・グリット』で子役だった女優ヘイリー・スタインフェルドが好演している。謎の白人音楽愛好家に『不屈の男 アンブロークン』で主役のマラソンランナー役を名演した英国出身のジャック・オコンネル。今週末に日米同時公開される『28年後…』にも出演しているが、『罪人たち』では今まで見たことのない捕食者のオーラで迫ってきて、圧巻である。
この映画で俳優デビューしたマイルズ・ケイトンは、H.E.R. のバックコーラスを務め、世界ツアーにも帯同していた。その音楽の才能と存在感から、H.E.R. 本人がこのオーディションに参加するようにと推薦したという秘密兵器。物語の中核を担うブルース音楽のギター演奏と張りのある歌声に、役者としての存在感がマッチしている。
