Jul 05, 2024 column

『フェラーリ』カーレースと人生の無常、追いつめられた王の悲劇

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名作『グラン・プリ』(1966)や『栄光のル・マン』(1971)から、近年の『ラッシュ/プライドと友情』(2013)、『フォードvsフェラーリ』(2019)、そして同名ビデオゲームを実話映画化した『グランツーリスモ』(2023)まで。いわゆる“カーレース映画”は、映画界においてコンスタントに製作され、多数の名作を届けつづけている人気ジャンルのひとつだ。

映画『フェラーリ』は、言わずと知れたイタリアの自動車メーカー「フェラーリ」の経営者であるエンツォ・フェラーリの伝記映画。監督は『ヒート』(1995)や『コラテラル』(2004)などで知られるアクション/サスペンスの名手、巨匠マイケル・マンが務めた。

『フォードvsフェラーリ』にもエグゼクティブ・プロデューサーとして参加しているマンは、長年にわたる大のフェラーリ・ファン。原作となったノンフィクション本「エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像」の映画化を出版直後の1991年から温めてきたというから、構想30年におよぶ悲願の一作なのだ。

しかし、本作は数々のカーレース映画とは一線を画している。描かれるのはエンツォ・フェラーリの半生や一生涯ではなく、1957年のわずか4ヶ月のみ。エンツォは現役のレーサーではなく、今ではレーサーや従業員たちに指示を出す立場だ。これは企業劇であり、家族劇であり、粗暴な王の悲劇である。

追いつめられた王

1957年の夏、エンツォ・フェラーリ(アダム・ドライバー)は危機に立たされていた。10年前に妻のラウラ(ペネロペ・クルス)と創業したフェラーリ社は、経営不振のために破産寸前。しかも公私ともにパートナーであるラウラとの関係は冷え切っていたのだ。前年に息子のディーノが病死し、ふたりはその傷を癒せないまま対立を深めるばかりだった。

第一次世界大戦で兄が戦死し、同じ時期に父も失った若き日のエンツォは、カーレーサーとして家長の役目を果たしたが、ディーノの誕生後には現役を引退。次々にこの世を去っていくレース界の友人たちを見送りながら、日々の仕事を懸命に務める毎日を送っていた。「この仕事を続けるためには、心に壁を作らなければ」と彼は言う。

エンツォにとって、経営の主眼はあくまでもレースにあった。業績回復のチャンスとして見込んだのは、イタリア全土1000マイル(約1609キロメートル)を縦断する公道自動車レース「ミッレミリア」。ライバルのマセラティ社もこの一大レースに勝負をかけるなか、エンツォは優秀なドライバーたちと準備を進めていく。

ひとつだけ、エンツォはラウラに大きな秘密を隠していた。第二次世界大戦中に出会った愛人のリナ・ラルディ(シャイリーン・ウッドリー)との間に12歳の息子・ピエロがおり、別の家庭をひそかに構えていたのだ。リナは婚外子であるピエロの認知を求めるが、エンツォはラウラに悟られないよう努めており‥‥。