──前回(声優前夜編)は山口さんが声優になるまで、をお伺いしました。今回は声優デビューから今日に至るまでのお話を聞かせてください。
僕の声優デビューはテレビ東京系列でやっていた『どんどんドメルとロン』(1988年)というアニメでした。犬のドメルと飼い主の老人・ロンのコンビを主人公にしたドタバタコメディで、ロン役を肝付さんがやってらっしゃいました。
──どんな役だったんですか?
船員Aというモブ役でした。「見ろ、あれがキングドック島だ」ってセリフが初めてもらったセリフでした。まだ覚えています(笑)。
──そして、そこからわずか1年たらずで代表作となる『らんま1/2』(1989年)の主役を射止めるわけですね?
あ、実は初めてオーディションに受かったのは、宮崎駿監督の映画『魔女の宅急便』(1989年)の方が先なんです。世の中に出た順番は『らんま1/2』の方が早いんですが、オーディションは『魔女の宅急便』の方が先だったんですよ。
──え? ということは、あの宮崎アニメに、ほとんど実戦経験のないまま合格したということですか? それはすごいことなんじゃありませんか?(編集部注:この時期の宮崎アニメはまだ俳優やタレントを積極的に声優として起用していませんでした)
本当に今でもなんで選ばれたのかはよくわかりません(笑)。ただ、当時の自分の演技を見直すと、クセがなくて伸び伸びやっているなぁとは感じます。舞台の経験しかなかったので、良くも悪くもアニメに向けたデフォルメされた演技になっていなかった。正直、下手なんですけど、ある種のピュアさというか、単純明快さがありました。それが、『魔女の宅急便』のトンボや、『らんま1/2』の乱馬にフィットしたという面はあったのかもしれませんね。
──う~ん、まさにシンデレラボーイですね!
当時はまだインターネットもないので、たぶん役者の耳に入る必要のないものはスタッフの皆さんがシャットアウトしてくれてたんだと思います。だから、伸び伸びと演技に集中できたのだと思います。
──今ほど情報が飛び交っていなかったからこそ、できた面もあるということですか?
そうですね。それでもプレッシャーみたいなものはヒシヒシと感じていましたよ。
──そのころにもまだ新聞奨学生は続けていたんですか?
新聞配達は、専門学校に通うための1年間の契約だったので辞めていましたが、バイトは何かしらずっと続けていましたよ。『魔女の宅急便』が日本アカデミー賞を受賞したときも、受賞式の直前までスーパーでバイトしてましたからね。店長に「夕方から日本アカデミー賞の受賞式にでないと行けないんで早退させてください」って(笑)。
──それは店長もビックリしたでしょうね。
そうそう、バイト時代に、『らんま1/2』でヒロインのあかね役を担当した日髙のり子さんともご縁があるんですよ。着ぐるみのバイトをしているころに日髙さんとご一緒させていただく機会があったんです。
当時、日髙さんは『アニメ三銃士』(1988年)のコンスタンス役をやられていたんですが、そのファンツアーに、着ぐるみアクターとして参加していていました。泊まりがけの仕事だったので、スタッフみんなでご飯を食べながら、すでに『タッチ』(1987年)などで大活躍していた日髙さんに、声優の仕事のお話しをいろいろ聞かせていただきました。でもそのときは、まさかその半年後に再会することになるとは思ってもいませんでした。日髙さんもずいぶん驚いていました(笑)。
──そりゃあ、驚きますよね。
『らんま1/2』の現場では、当初はとにかく日髙さんに頼り切っていましたよ。収録が終わるたびに、その日の反省などを聞いてもらったり。
──日高さんも、未経験から大舞台デビューした方なので、その気持ちは分かっていただけてたんじゃないでしょうか?
今もお世話になっているので、ありがたいです。
──さて、乱馬役は、その後、足かけ4年も演じることになるわけですが、その間の成長について、ご自身としてはどう捉えていらっしゃいますか?
『らんま1/2』と並行して、徐々にいろいろなお仕事をいただくようになるんですが、それが乱馬の演技にはっきり影響を与えているのが、今となってはちょっと面白いですね。
たとえば、翌年、1990年からスタートした『キャッ党忍伝てやんでえ』(山口さんは主人公・ヤッ太郎役を熱演)は女性キャストの多かった『らんま1/2』のスタジオとは真逆の、男所帯のギャグ作品だったんですが、その影響が分かりやすいほどでちゃってたと思います。そういうふうに、いろいろな役や作品に関わったことが、声優・山口勝平を形作っていったんだろうな、とも思ったりします。
──そんな『らんま1/2』で最も印象に残っているできごとがあれば、教えてください。
最終回(161話)の3話前のアフレコの後に、僕をこの業界に引きいれてくれた音響監督の斯波重治さんから「あなたは、本当に上手くなった。でもね、僕が満足する乱馬はまだ1本もやってくれてないんだよ」って言われたのは今でも忘れられません。最終回を前にしてこう言われたのは、すごく大きかったですね。
──厳しいですね……。
僕はその言葉を「だから駄目なのだ」という意味には取らず、「だからしっかりやりなさい。決して満足しちゃいけないんだよ」とアドバイスしてくださったのだと受け取りました。乱馬を卒業して“次”に向かうタイミングで、そういう言葉をいただけたのは、とても大きな意味があったと思っています。