Apr 02, 2016

特集32

第2回:井上和彦が「島村ジョー」に起用されたワケ

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レジェンド声優:井上和彦
インタビュアー:藤井青銅(放送作家
/作家/脚本家)

 

 

藤井青銅
(以下 藤井)

前回は主に井上さんのつらい下積み時代のお話をお伺いしました。今回はそんな井上さんが一躍人気声優へと駆け上っていくサクセスストーリーを聞かせてください。まずお聞きしたいのが初期の出世作である『サイボーグ009』(1979年)について。当時、あの作品を見て、すごいイケメン声の声優が現われたなって衝撃を受けたのをよく覚えていますよ。

井上和彦
(以下 井上)

ありがとうございます。でもあの当時の演技はあまりに拙すぎて、個人的にはちょっと恥ずかしいんですよね。ヒーローになろう、地球を守ろうって気持ちが前面に出すぎじゃないですか? 回によってのばらつきも激しいですし。

藤井

いやいや、そんなことありませんよ(笑)。

井上

『サイボーグ009』は大人気コミックがアニメ化されるということでファンの間ですごい話題になっていたんですよね。事務所の先輩もほとんどの人がオーディションを受けていたので、主人公・島村ジョー役は人気の若手声優がやることになるんだろうなと思っていました。

でも高橋良輔監督のイメージに会う人がなかなか見付からなくて、いよいよ僕のような新人もオーディションが回ってくることに。全く無名の新人ですし、演技も下手だったので明らかに期待されていない空気だったんですけど、とりあえずテープに音声を収録することになったんです。それでマイクの前に立って、まず自己紹介をしたんです。「サイボーグ009・島村ジョー役をやります。井上和彦です」って。そうしたら監督がバッって立ち上がって「それだよ!」と(笑)。

藤井

まさに井上さんの声が、監督のイメージしていた島村ジョーの声だったのでしょうね。

井上

その後のセリフはぜんぜんダメだったんですが、とにかく地声が気に入ってもらえたんでしょう。ですので、家でジョーのセリフを練習するときは、まず地声で「島村ジョーです」と自己紹介するところから始めるようにしていました。その後も髙橋監督にはこの声が気に入ってもらえたようで、『太陽の牙ダグラム』(1981年)、『蒼き流星SPTレイズナー』(1984年)でも主役に抜擢していただきました。こういう声に産んでくれた親に感謝しないといけませんね(笑)。

 

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藤井

さて、井上さんが演じた主役キャラで、島村ジョーと同じくらい印象的だったのが『美味しんぼ』(1988年)の山岡士郎です。それまで二枚目役の多かった井上さんが、二枚目半的な役をやるようになったきっかけの作品でもあると思うのですが、この役についてはどういう経緯で決まったんですか?

井上

当時別の作品でお付き合いのあった音響監督の浦上靖夫さんからの紹介ですね。実は当時既に『美味しんぼ』はパイロット版ができあがっていて、山岡役は別の方が演じていたんですよ。ところが原作者の意向でこれが変更になりまして……紆余曲折あって私に決まったという流れがあります。

藤井

『サイボーグ009』と同じく、井上さんの声が原作者のイメージに近いものだったんでしょうね。

井上

『美味しんぼ』では本当に大事にしていただきました。実は、いざ第1話の収録が始まるという段階でマイコプラズマ肺炎にかかって3週間入院することになってしまったんですよ。普通だったらそこで配役変更となるところなんですが、何と2週間放送開始を遅らせて、私の退院を待ってくださったんです。

藤井

『美味しんぼ』のアニメ開始前に特番をやっていましたが、あれはそういう事情だったんですか!

井上

そうなんですよ。本当にありがたかったですね。ただ、にも関わらず実際に収録が始まってみるといきなり役作りに苦労してしまって……。3話くらいまでなかなかしっくりくる演技ができませんでした。

 

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藤井

やっぱりそれまでとは勝手が違った?

井上

地球を守る役ばっかりやってましたからね(笑)。浦上さんにも「ちょっとカッコ良すぎだね」って何度もNGを出されました。どうにも答がでなくて、わざと二日酔いになって山岡の気持ちを知ろうとしてみたりしましたね。

そんなふうに苦しんでいたら、あるとき浦上さんがぼそぼそ喋っているようすがまさに山岡なんじゃないかとひらめいて。そこで役をつかめたような気がしました。このとき初めて、演技は自分の中だけでこねくり回すのではなく、回りから引き込んでくるものなんだということを学びましたね。

藤井

そんな転機があったんですね。

井上

山岡のような“オン/オフ”のハッキリしたキャラを演じられたことが、その後『NARUTO -ナルト-』(2002年)のはたけカカシ役や、『夏目友人帳』(2008年)のニャンコ先生役を演じる契機になったと思います。そういう意味でも感慨深い役でした。

最近は“オフ”だけの役も増えてきていて、それも楽しく演じています。最新の作品だと『おそ松さん』のお父さん役がそれですね。最初は1回出るだけという話だったんですが、アフレコの時に「もっと出してよ!」とお願いしたらけっこう出番が増えました。若手人気声優たちの演技も間近にみられてすごい刺激になっていますよ。