Jun 29, 2019 regular
#01

『トゥルー・ロマンス』:タランティーノとオタクな青春

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若林 ゆり

映画・演劇ジャーナリスト。90年代に映画雑誌『PREMIERE(プレミア)日本版』の編集部で濃い5年間を過ごした後、フリーランスに。「ブラピ」の愛称を発明した本人であり、クエンティン・タランティーノとは’93年の初来日時に出会って意気投合、25年以上にわたって親交を温めている。『BRUTUS』2003年11月1日号「タランティーノによるタランティーノ特集号」では、音楽以外ほぼすべてのページを取材・執筆。現在は『週刊女性』、『映画.com』などで映画評やコラムを執筆。映画に負けないくらい演劇も愛し、『映画.com』でコラム「若林ゆり 舞台.com」を連載している。

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『 トゥルー・ロマンス 』は昔のガールフレンドさ

この脚本は4~5年の間まったく売れず、脚本家協会が定めた最低金額の3万ドルでやっと買い取られた。そして結局は、トニー・スコットが監督することになる。これは、タランティーノにとっては幸運だった。スコットは、タランティーノによる脚本のユニークさ(とりわけバイオレンスと独特のセリフ)を守りたいがために製作も兼ね、インディペンデントで作ることにこだわった。それほど脚本に惚れ込んでいたのだ。そしてエンディング以外は、ほぼ脚本どおりに撮ったという。ただし、時制がバラバラだった構成(「観客をアッと驚かすには効果的なんだ」)は、わかりやすく時系列に組み替えられたが。

「俺にとって『トゥルー・ロマンス』は、昔のガールフレンドみたいなものなんだよ」と、公開直前に彼は言っていた(コメンタリーでも同様のことを語っている)。「一時は夢中になって愛した彼女だけど、結婚しないで別れてしまった。長いこと尽くしてきたしまだ愛はあるんだけど、もう結婚したいとは思わない。だってそのころはもう新しい結婚相手、『パルプ・フィクション』に夢中だったからさ。そっちを早く撮りたくてうずうずしてたんだもん。トニーは俺が撮りたいなら製作に回るって言ってくれたけど、処女作にしたかった『トゥルー・ロマンス』を2作目に撮るのは違うって感じてたんだ。

だからトニーに撮ってもらえて嬉しかったよ。幸せにしてもらってさ。俺はトニーの大ファンだ。『デイズ・オブ・サンダー』なんか、セルジオ・レオーネが撮ったカーレース映画みたいにクールだぜ! トニーと俺とじゃ、もちろん観点は全然違うと思うよ。でもだからこそ、俺の世界をトニーの目を通して見たかったんだ。結果はクール! 大満足だ。観たかったものを見られたと思っているし、とても誇りに思えた。観ながら『ああ、あの頃の俺だ!』って涙が止まらなかったよ(笑)」

クリスチャン・スレイターが演じたクラレンスは貧乏で冴えない、コミックブック店の店員。B級映画を心から愛する、やさしい男だ。そんな彼が、店長が誕生日祝いに差し向けてくれた娼婦のアラバマと恋におちるところから血みどろの暴走が始まる。この(話にしか出てこない)店長のランスという名前は、〈ビデオ・アーカイヴス〉の店長の名前と同じだ。

「アラバマは俺の理想の恋人ってわけじゃないよ」とタランティーノは言うが、場末のグラインドハウスで千葉真一の『激突! 殺人拳』を喜んで一緒に観てくれ、エルヴィスやミッキー・ロークが大好きな女の子がガールフレンドだったら、と思わなかったはずはない! キャラクターといい映画の趣味や愛し方といい、クラレンスはまさに若いころのタランティーノそのものだ。一時は俳優を目指していた彼の姿は、オーディションを受けて『パトカー・アダム30』の役をもらえるかもしれないと信じているディック(マイケル・ラパポート)に投影されている。そのディックの同居人で、ガウン姿でダラダラと寝そべってはラリッているフロイド(ブラッド・ピット!)は、タランティーノと実際に同居していたビデオ店員仲間がモデルなんだとか。