ハリウッドへの個人的なラブレター
一方で、クリフは何にももっていないというのに自分の人生に満足している。このタフさはどこから来るのか?
「彼のモデルになったスタントマンのひとりは、有名じゃないんだけど一部の俳優たちにとっては伝説的な存在でさ。なぜかというと、ものすごくタフでケガ知らずで、不死身だったからだ。クリフもそうなんだよ。もうひとつには、彼は戦争のヒーローだから、死をくぐり抜けて“禅”のような精神が備わってる。しかも奥さんとの一件で、彼は刑務所に入っていてもおかしくないだろ。戦争とか刑務所にいるより、いまのほうが全然マシってわけさ(笑)」
ハリウッドには、語られてこなかったこういう人たちがたくさん生きていた。クエンティンにとっては、ハリウッドはふたつの意味でノスタルジーを感じるものだ。ひとつは、街としてのハリウッド。彼は義父の車窓から見た光景を、そのままハリウッド大通りに再現してみせた。グリーンバックやCGを使わず、まだ残っている建物の外観や看板を、50年前の姿に作り直したのだ。そしてハリウッド大通りを数ブロックにわたり封鎖し、2000台ものクラシックカーを投入! 周辺に大渋滞を引き起こした。「俺が義父の車窓から見ていた、記憶に残っているハリウッドを再生させたんだよ、あのシーンは俺の“ワン・フロム・ザ・ハート”なんだ」とタランティーノは誇らしげに言う。ウエストウッドの映画館の周辺には、当時あったショップをリサーチし、開店当時のままに再現した。サンセット大通りにはアクエリアス・シアターの巨大な壁画を再現したが、これは1秒も映っていない。
筆者がこのセットを訪れた2018年の10月には、実はリヴァーサイド・ドライブも大変貌を遂げていた。タランティーノ自身が1980年代に住んでいて、個人的な思い出の詰まったこの通りも彼はタイムスリップさせていたのだ。彼はこう言っていた。「ここはいま、1969年当時に近い街並みを取り戻しているんだ。で、この風景は1982年になっても変わらなかった。だから、俺が覚えているまんまなんだよ(笑)」。この通りには「Hot Waxx」というレコード店も内部まできっちり作り、ブラピとヒッピー娘の買い物シーンを撮影。しかし、リヴァーサイドのシーンはすべてがカットとなってしまった。「アクエリアス・シアターは惜しくなかったけど、リヴァーサイド・ドライブを入れられなかったのは本当に悔しかったよ!」
そしてもちろん、映画製作者や俳優たちが生きる業界としてのハリウッド。これは間違いなく、タランティーノのハリウッドへの個人的なラブレターでもある。
「これは俺にとっての『雨に唄えば』であり『スタントマン』(ハル・ニーダム監督、バート・レイノルズ主演)なんだ。それと同時に、これは“バディ・ムービー”ってサブジャンルでもあるし、ジャンルで言えば“人生の中の数日”映画ってところかな。結局のところ、自分のアーティストとしてのパーソナリティがかなり丸出しになっているよね」
彼の映画は処女脚本作からすべて「パーソナリティ丸出し」であると言えるが、これほどストレートに彼の思いが溢れている作品は、『トゥルー・ロマンス』以来かもしれない。
「そうだね、俺は俳優にものすごく思い入れているし、いろいろなキャラクターに俺のパーソナリティは入っているよ。ここには主役を演じる俳優がいて、それ以外の役を演じる俳優がいて、映画作りを支えるさまざまな人たちがいる。たぶん俺を知っている人が見たら丸出しだ。たとえば、アル・パチーノが演じたマーヴィンは俺自身の考えをかなり代弁しているキャラクターだね。それに映画館でのシャロンは、観客の反応に幸せを感じるために何度も映画館に行く俺自身の分身でもあるんだ」
近年はデジタル化の波が押し寄せ、激しく変わりつつあるハリウッド。この業界に、映画に、いま彼はどんな思いを抱いているのだろう。
「確かにハリウッドは猛スピードで変わっているけど、これからのことは想像がつかないよ。でも俺はまだ自分のやり方で映画を作っているし、まだ取り残されたとは思っていない。俺のキャリアにおいて、この作品は大きなクライマックスになったと思ってるんだ。これでやめようかとも思ったけど、もう1本は撮るよ(笑)。絶対に観客をがっかりさせることはないから安心してくれ。俺はまだ、映画に対する純粋さを失ってはいないつもりだよ」
製作・脚本・監督/クエンティン・タランティーノ
出演/レオナルド・ディカプリオ ブラッド・ピット マーゴット・ロビー アル・パチーノ