Sep 04, 2019 regular
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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』:タランティーノと1969年のハリウッド

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若林 ゆり

映画・演劇ジャーナリスト。90年代に映画雑誌『PREMIERE(プレミア)日本版』の編集部で濃い5年間を過ごした後、フリーランスに。「ブラピ」の愛称を発明した本人であり、クエンティン・タランティーノとは’93年の初来日時に出会って意気投合、25年以上にわたって親交を温めている。『BRUTUS』2003年11月1日号「タランティーノによるタランティーノ特集号」では、音楽以外ほぼすべてのページを取材・執筆。現在は『週刊女性』、『映画.com』などで映画評やコラムを執筆。映画に負けないくらい演劇も愛し、『映画.com』でコラム「若林ゆり 舞台.com」を連載している。

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ストーリーよりキャラクターで魅せる

そして、シャロン・テート(マーゴット・ロビー)だ。1969年は、ハリウッドにとって忘れたくても忘れられない年。チャールズ・マンソン率いるカルトなヒッピー集団、マンソン・ファミリーのメンバーにより、新進女優でロマン・ポランスキー監督の妻、シャロン・テートが友人たちもろとも惨殺されるという事件が起こったのだ。それも妊娠8カ月という身重で。何の因果もなく、唐突に。この事件によってヒッピー・カルチャーは死滅し、ハリウッドはイノセンスを失ったと言われている。この年を語るならシャロンを、この事件を避けて通ることはできない。ではどう扱うか。タランティーノは悩みに悩んだ。

その結果、タランティーノがどういう選択をしたのかは、ぜひ映画館で確認してほしい。彼はカンヌ映画祭の後、「まだ見ていない観客のために、結末については言わないでほしい」というメッセージを発信した。観客に感情を動かしてほしい、ここでは観客にこんなふうに楽しんでほしい、と願いながら作品づくりをするタランティーノにとっても、ネタバレは敵なのだ。

言えるのは、彼が本作ではいままでとはまったく違うアプローチを試みているということ。ダラダラした会話がないわけではないが、これまでのように“会話”で観客を惹きつける作風とは明らかに違う。ストーリーらしいストーリーはなく、俳優たちにとっての日常と、そのキャラクターによってぐいぐい惹きつけるのだ。「壮大なストーリーはいらないと思った。それより、彼らの数日間を負うだけでスリリングなんじゃないかって」。もちろん俳優たちの日常には、彼らが出演するTV番組や映画のシーンがふんだんにちりばめられ、アクションもたっぷり見られるわけなのだが。

タランティーノにとって、50~60年代に人気を博したTV西部劇のセットに身を投じたことも「夢のように楽しかった」と笑う。リックが主演する『バウンティ・ロウ(賞金稼ぎの掟)』は架空の番組だが、『対決ランサー牧場』は実際に1968~70年に放映されていた。だが実は、タランティーノは小さいころ、この番組を見ていなかったという。

「面白いんだけど、『対決ランサー牧場』は、版権を持っている人からアプローチされてね。権利を買って、新しいエピソードをやらないかって言われたんだ。それで、リックが出る作品にしちゃどうかとパイロット版を見たら、めちゃめちゃいい!(笑) なんで放映されてたとき見ていなかったんだろうと不思議に思って、1969年のTVガイドを買ってみたんだよ。そしたら、『対決ランサー牧場』はCBSだったんだけど、その裏でABCは『モッズ特捜隊』、NBCは『スター・トレック』をやっていたんだよ! そりゃ『ランサー』見てるヒマがなかったわけだぜ(笑)」

この『対決ランサー牧場』のセットでは、リックというキャラクターが、タランティーノ映画ではめずらしい描き方をされている。

「リックは、俺の書いてきたキャラクターたちの中でいちばん繊細で脆いんだ」と、タランティーノ。「でも笑えるのは、彼が抱えているトラブルのほとんどが彼自身の作っているものだってこと。実際には、彼は自分で思っているほど落ちぶれていない。なのに、自分で作った不安にクソ真面目に取り組みすぎなんだよ!(笑) 実はリックが内面的に破綻しているというアイディアは、レオ(ディカプリオ)が持ち出したものなんだ。俺のバージョンではそうじゃなかった。たった数日間で、あの舞台裏のシーンが出来上がって、すごくハッピーだったよ」