Aug 08, 2016

インタビュー633

実は「さよならベイビー」は、主役の二人がすれ違うシーンを想定して桑田佳祐さんが書かれてたんです。

ホイチョイ・プロダクションズ 馬場康夫 ロングインタビュー
第2回

『私をスキーに連れてって』(’87年)からはじまった80s伝説、ホイチョイ青春3部作。メガホンを取ったのはホイチョイ・プロダクションズ代表の馬場康夫。2016年、夏到来に合わせ湘南の海で『彼女が水着にきがえたら』(’89年)『波の数だけ抱きしめて』(’91年)を回想してもらった。2万字に迫る独占ノーカットロングインタビューを3回に分けてお届けする。

第1回はこちら

インタビュー・文/栗本斉 写真/石森孝一
取材場所/神奈川県葉山町

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――『彼女が水着にきがえたら』を撮った時点では、マリン・スポーツはブームだったんですか。

セゾングループが力を入れていましたね。例えば、西武がスキューバ・ダイビング・ライセンスのPADIと提携していて、都心の西武デパートでダイビングのスクールをやっていたくらいですから。渋谷西武の横にも丸いプールになっているダイビング・スクールがありました。この映画の冒頭のシーンは、川崎西武のスクールで撮らせてもらいました。あと、セゾンは、シーボニアや逗子マリーナも買った頃で、このあたりはセゾンが独占的に開発して、日本のマリン・リゾートをどうにかしようっていう時期です。時代的にはバブルで、みんなマリン・リゾートに向いていましたね。

――ということは、湘南ブームも続いていたんですか。

僕が16ミリで湘南で映画を撮っていた時は、さっきも話したようにみんなが湘南に向いていて、茅ヶ崎は日本のカリフォルニアだっていう雰囲気はあったんですね。ユーミンが歌ったり、サザンがデビューしてきたりもしましたし。でも、それは1982年くらいまでかもしれない。だから1982年以降の80年代バブルの間って、ちょっと湘南は忘れられていた感じはしますね。おそらく都会にディスコができたり、スキー場がガンガンできたり。関越自動車道が全線開通したので、「今は山だ!」っていう気分になっていたり、とかね。だから、1989年の『彼女が水着にきがえたら』を撮った時は、湘南自体は少し懐かしいくらいでしたね。「自分たちがここで映画を撮っていた10年前はこうだったなあ」って感じで。

――湘南一帯のロケ地も、馬場さんが指定したんですか。

この映画はそれが多かったように思いますね。逗子の披露山公園とか、カレー・レストランの「珊瑚礁」とか。この映画のロケはけっこう無理が通りましたね。元町の中華街も出てきますけれど、どこもすごく個人的には思い入れがあるところなんですよ。デートで行くんだったら中華街だし、「珊瑚礁」でしょって。あと、よく勘違いされるんだけど、葉山マリーナ横の鐙摺(あぶずり)での原田知世ちゃんと織田裕二くんのすれ違いのシーンで使われたあの電話ボックスなんかはセットなんですよ。葉山マリーナに本当にあったよ、なんて言う人もいるみたいだけれど、実は違う(笑)。

 

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――当時の『彼女が水着にきがえたら』の劇場パンフレットを見たら、湘南のスポットがすごく詳しく書かれていました。

だって全部僕が書いていますから(笑)。スキューバ事情通とかヨット事情通なんていうコラムも、全部自分が書いていますね。ただ、『私をスキーに連れてって』の時は、『極楽スキー』という本を書いたんですが、さすがにそこまではできなかった。船舶免許は持っているけど腐らせているし、ダイビングの免許は持っていないからね。今なら取材して書いちゃうかもしれないけど。

 

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『彼女が水着に着がえたら』劇場パンフレットより

 

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書籍『極楽スキー』
1987年発表
©ホイチョイ・プロダクションズ/小学館

 

――『彼女が水着にきがえたら』は、とにかく水中のシーンがすばらしいですね。

撮影を担当してくれたのは、日本水中映像という会社の中村宏治さんという水中撮影の第一人者の方なんですが、水中シーンは全部中村さんにおまかせなんですよ。僕はコンテを描いて渡しただけ。だから演出も全て中村さんがされている。圧倒的に陸上のシーンよりも水中のほうがいい映像ですよね。あのキス・シーンは話題になりましたが、僕自身は恋愛とかそういうことよりも、リフティングバッグといって空気を入れて海中の荷物を持ち上げるギアがあったでしょ。もうそれがめちゃくちゃ好きで、この風船かっこいいなあって(笑)。これでお宝が水上に上がるところでエンディングというのは、最初から考えていましたね。でも、このラスト・シーンで、上がってきた宝を棒で引き上げようとしたら、伊武雅刀さんがもっと長い棒で持っていくというギャグを、一色くんが考え出したんですよ。それも捨てがたいなと思って、その映像は後からエンド・ロールに付け足しました。浮かび上がるところで終われば、カッコよかったんですけどね。50億円とか言っておきながら、最後は棒の長さかよ! っていうオチになっている(笑)。

――こういった船やギア系は事前にかなりリサーチされたんですか。

もう大好きですからね。パンフレットにもカタログのように紹介しているくらいだし。後半の見せ場を作るためだけど、都心のウォーター・フロントでジェット・スキーのチェイスをさせたりとかね。ツバメ号とアマゾン号というヨットの名前も、『ツバメ号とアマゾン号』というアーサー・ランサムの児童小説があるんですよ。全部で12巻もあるシリーズなんですけども、これも全部読みました。この作品は、ヨット乗りが絶対読んでいるというくらい面白いです。あと、ファッションも、織田裕二くんがヘリーハンセンを着ていますけど、この当時はポロシャツの上に襟付きのシャツを着るという着こなしが流行っていましたね。

――キャスティングは、どういう基準だったんですか。

僕はそこはあまりこだわってなくて、『私をスキーに連れてって』の時もプロデューサーに完全におまかせしているんです。三上博史くんも布施博くんも原田貴和子さんも、撮影するまでは全然知らなかったですから(笑)。ただ、『彼女が水着にきがえたら』では、谷啓さんだけは自分からお願いしました。僕は今まで5本映画を撮っていますけれど、この役者さんじゃなきゃ嫌だ! とお願いした人がふたりいるんです。そのうちのひとりが『メッセンジャー』に出ていただいた加山雄三さんで、もうひとりが谷啓さん。寒い時にウェット・スーツを着て海に入ってもらったりしましたから、ロケの間中「帰りたいよー」っておっしゃってました(笑)。それで、慰めようと夜に部屋に行ったら、逆にずっと昔の話を聞かせてもらったりして楽しかったですね。なぜか、ガチョーンのやり方を教わったりとか。「ガチョーン! は、引きが大切なんだよ」とかって(笑)。

 

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DVD
『メッセンジャー』
フジテレビ・小学館・ポニーキャニオン
(1999年8月劇場公開作品)
Ⓒ1999 フジテレビ・小学館・ポニーキャニオン

 

――この映画で、谷啓さんのイメージが変わったという人も多いはずです。

本当の性格は、全く逆なんですよね。僕よりもずっとオタクで人見知りで、外に出ない方なので。コウモリを飼っていたりとか。だから、派手に奥さんを取り替えて海に出て宝探しをするようなキャラクターではないんですよ。本当にいい方で、谷啓さんを嫌いだっていう人に会ったことがない。谷啓さんのためならなんでもするよっていう人もたくさんいましたね。でも相当面白い人で、有名な話なんですが、家が丸焼けになっちゃった時に、みんなを心配させないようにと思って、まだ煙が出ているところにこたつを出して麻雀やっていたっていう伝説があるんですよ。ご本人に聞いてみたら、「そうなんだよ。でも家が燃えちゃうくらいツイてないから、よく振るんだよなあ」なんておっしゃってて、いやいやそういう問題じゃないでしょ! って(笑)。……でも、谷啓さんも、同じくこの映画に出てもらった今井雅之くんも亡くなってしまいましたね。

――この映画で気になるのは、サザンオールスターズの音楽は最初から決まっていたのかということなんですけれど。

いや、実のところ当時はサザンオールスターズのことは全く興味がなかったんですよ。もちろん今は大好きですよ。なぜ興味がなかったかというと、桑田佳祐さんは僕より2つ年下なんです。ユーミンは僕よりひとつ上だったから学生時代に聴いていて染み付いているんですけど、サザンは僕が社会人になってから出てきたのであまり聴いていなかった。だから、フジテレビからサザンの音楽を使いたいという話があってから、じっくりと聴き込みましたね。でもサザンよりも桑田さんのソロ・アルバム『Keisuke Kuwata』のほうをとても気に入ってしまったんです。それで、「いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)」をどうしても使いたいとお願いしたら、桑田さんも「いいよ、あれもいい曲だね」って感じで使わせてくれたんです。

 

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Album 『Keisuke Kuwata』
桑田佳祐
1988年発表
Victor Entertainment/SPEEDSTAR RECORDS/Taishita Label

 

――桑田佳祐さんとは事前に打合せはされたんですか。

桑田さんとは、この映画のことを結構長時間しゃべりました。僕もよくしゃべるほうだけれど、桑田さんもすごくよくしゃべる人なんですよ。実はその時に『稲村ジェーン』のプロットを聞かせもらいましたからね。時間軸で言うと、『彼女が水着にきがえたら』を撮り終わった頃に、桑田さんが『稲村ジェーン』を撮り始めたという感じかな。僕はあの映画がすごく大好きなんですよ。特に音楽の使い方が素晴らしい。「真夏の果実」が流れるシーンなんて、あの曲を聴かせるために作られたとしか思えないくらい。「希望の轍」も「忘れられたBig Wave」も使い方が最高ですよね。それで話を戻すと、『彼女が水着にきがえたら』で、「いつか何処かで」が流れるシーンがあるじゃないですか。さっきお話した鐙摺(あぶずり)の電話ボックス前で主役の二人がすれ違うところ。桑田さんはあのシーンに使われるものだと思って、「さよならベイビー」を書いてくれたんです。消えた夏灯り、戻れない乙女っていう歌詞を読めば、意識して書いてくださったのがわかりますよ。でも、あのすれ違いのシーンには、僕はどうしても「いつか何処かで」を使いたかったので、「さよならベイビー」ができ上がってきた時に頭を抱えたのを覚えています(笑)。結局は、オープニングでうまくはめることができました。

 

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Single「さよならベイビー」
サザンオールスターズ
1989年発表
Victor Entertainment/SPEEDSTAR RECORDS/Taishita Label

 

――あのオープニングはカッコいいですよね。すごく物語に陰影を与えているように思います。

サザンの曲をあそこまで効果的に使うことができたのは、今野多久郎さんのおかげですね。KUWATA BANDのリーダーもされていたミュージシャンですが、彼がシーンごとにこの曲がいいって持ってきてくれて、歌以外のインストも作ってくれたんですよ。

――音楽と映像のマッチングは本当にすばらしいですね。特に海中のシーンはすごいなって思います。

僕は、映画って半分は音だと思うんですよ。映像5割、音楽5割。もしかしたら、音楽が6割超えることもあるんじゃないかと思うくらい。こんなことを言うと映画関係者から怒られちゃうけど(笑)。この意見は僕が高校の時に初めて映画を撮り始めた時から、いまだに変わってないんです。高校2年の時に初めて撮った映画が『天皇陛下の007』というもので、これは『女王陛下の007』が大好きだったからなんだけれど、その映画のアクション・シーンで、「007 ジェームズ・ボンドのテーマ」をかけるんですよ。そうすると、高校生が撮った8ミリの映像なのに、めちゃくちゃゴージャスに見える。あと、高校の時に自動車部のやつが自動車をいじってレースに出るという映像を撮って、『男と女』のラリーのシーンで流れるフランシス・レイの音楽をかけると、びっくりするくらいすごく良くなるんですよ。だから、音楽と映像の組み合わせっていうのは、ミュージックビデオじゃなくてもすごく重要ですね。ふと気が付くと、自分が何度も繰り返し観ている映画って、必ず音楽がいいんです。

――その話はすごくよくわかります。

だから、よく例えに出すんですけれども、黒澤明監督の『七人の侍』は世界的な大傑作で映画史上3本の指に入るくらいの名作ですけれど、それでも僕は、黒澤の映画をリメイクしたダメ映画なんて言われている『荒野の七人』のほうが好きなんですよ。なぜなら“チャン、チャンチャチャン! チャンチャチャンチャチャン!”というあのテーマ曲を聴くと、血沸き肉踊る感じがするじゃないですか。だから『七人の侍』はすばらしい映画ですけれども、1回観れば十分。でも、『荒野の七人』のほうは100回観れますよ。

――さっき話に出た『冒険者たち』も、音楽がすばらしいですからね。

いい映画っていうのは、音楽が映像とぴったり合っている。だからいい映画音楽ができたら映画本体も絶対ヒットしますよ。いい映画音楽は、CMに切り出されて使われることが多いじゃないですか。『男はつらいよ』も、今はオランジーナのCMで使われていますし、『大脱走』なんて作品とは関係ない胡麻麦茶ですからね(笑)。あのCMを観るたびに『大脱走』を観たくなる。『スター・ウォーズ』だって『インディ・ジョーンズ』だって『ハリー・ポッター』だって、曲を聴いたらすぐわかるじゃないですか。だから、ヒットする映画というのはヒットすべき音楽映画と全く同義だと考えていいと思うんですよ。そのことについて、日本では全然理解がないから、音楽にかける予算や時間って全然ないんですよ。だから僕は、みんながわかっている曲をはめることにしているんです。だって、桑田さんの「いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)」をあのシーンに流せば、カッコよくなることは素人にだってわかる。あと、『波の数だけ抱きしめて』でいうと、ユーミンの「SWEET DREAMS」もそうですよね。あれも映画で一番盛り上がるシーンですから。でもこの話をしても、そうだよねって言ってくれる映画関係者に会ったことがないんですよ。もちろん、映画は音楽が5割ですよね、なんて言ったら、役者に怒られますけれどもね(笑)。ただ、僕の経験上では、すごい役者がいくらいい演技をしても、高校生が飛んだり跳ねたりしているところにジョン・バリーを流すほうがすごくカッコよくなるんです。でもそんなことは、絶対役者さんには言えない(笑)。

 

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DVD/Blu-ray
『波の数だけ抱きしめて』
フジテレビ/小学館/ポニーキャニオン
(1991年8月劇場公開作品)
Ⓒ1991 フジテレビ/小学館

 

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Albumサウンドトラック
『波の数だけ抱きしめて
Kiwi FM ORIGINAL SOUNDTRACK(コンプリート版)』
2010年発表(コンプリート版)
Sony Music Labels

 

――たしかに、それは言えませんね(笑)。

ミュージカルなんて100%そうだと思いますよ。ブロードウェイではミュージカルとストレートプレイのお芝居では、一ケタはビジネス・サイズが違うんですよ。ロングラン上演しているのは、たいていミュージカルじゃないですか。芝居と音楽が一緒になっていると、みんな頭に残って何度も観たくなる。そして、リピーターも増えてビジネスになる。でもセリフだけのお芝居というのは、どんなに良くてもマーケットが小さいんですよ。映画も同じだということに、なぜ気が付かないんだろうって。『メッセンジャー』と『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』の2本で、作曲家の本間勇輔さんとご一緒しているんですけれど、この話をするとすごく喜んでくれて、といってノリノリでやってくださいました。

 

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DVD
『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』
フジテレビジョン/電通/東宝/小学館
(2007年2月劇場公開作品)
Ⓒ 2007 フジテレビジョン/電通/東宝/小学館

 

――『彼女が水着にきがえたら』は、ギリギリまで撮影していたと聞きました。

公開が1989年の6月だというのに、5月のゴールデンウィークにはまだ撮影していましたね。着替えをしているシーンがあるじゃないですか。主役のふたりがお互い名乗り出るところですけれども。ゴールデンウィークの真っ最中にロケをしていて、葉山の地元の人たちがたくさん見に来ていたんです。そしたら、「あれって、フジテレビで6月公開で宣伝している映画らしいぞ。いま撮影してて間に合うのかよ!?」って声が聞こえてきてブチ切れました。「余計なお世話だよ! 撮影してる俺たちが一番心配しているんだよ!!」ってね(笑)。そんな感じで進行していたから、この映画は仕上げが雑に感じますね。撮って出しみたいな感じでやっているから。『私をスキーに連れてって』と『波の数だけ抱きしめて』は、それぞれ半年くらいは仕上げに時間をかけましたからね。だから、この『彼女が水着にきがえたら』は若さと勢いで撮った映画ですよ。

――馬場さんは、ご自身の作品を見直すことはあるんですか。

だいたい、1年に2回くらいはまとめて観ますね。今観ると、ここはこうすればいいのになって思うことが圧倒的に多いです。勉強になりますけれど、やっぱり細かいところが気になります。特に『彼女が水着にきがえたら』は、一番後悔のある作品かもしれないですね。商業ベースに乗っていたから勢いだけで撮っていたし、海の経験がないのに海で撮っているからすごい時間がかかっちゃったというのもあります。思っていたよりも、倍くらい時間がかかったかもしれない。いろんな意味で難儀をした映画でしたね。