気になることは、いまだ解消されない
ーー先ほどおっしゃったように、”自分だったらどうする?”と問題提起してる作品です。いろんな意見が出ると思いますが、オダギリさん個人的に、この様な問題に対して、どうお考えですか?
この作品を観ていて、自分の中にも、さとくんのような部分がないとは言い切れなかったんです。実際の事件は許す事ができないし、完全に否定されるべき事だと思いますが、さとくんの気持ちの変化やその過程においては100%否定しきれないところがある気がしたんです。そこは自分に対してもショックなポイントだったし、観る人の中にも、同じようなことを感じる人もいるかも知れません。いろいろな意見があると思うんですけど、この事件をあらためて考えるとき、この映画が、決して他人事ではなく自分事のように感じられる一歩なのかなという気がしてます。
ーーよく”映画は時代を映す”と言います。オダギリさんはこの作品で演じられた上で、今はどんな時代だと感じていますか?
この事件って、もう何年前ですか?
ーー事件発生が2016年なので、7年前です。
7年も経っているのに、何かが大きく変わったと言える実感はありません。時代って、そんなに簡単に変わるものではないんでしょうね。
国民性なのか日本人って案外忘れやすいじゃないですか? 何か大きな事件が起きても、その時だけ問題意識が高まるだけで、別の事件が起きたらすぐそっちに興味が持って行かれますもんね。そういう意味でも、作品が残っていくことは、とても意味があるなとは思います。
ーー以前otocotoでは、オダギリさんが監督された映画『ある船頭の話』でインタビューをさせていただきました。そこで「自分が監督して撮るなら、オリジナルにこだわってやるべきだ」とおっしゃっていました。今この時代、映画監督として今撮りたいテーマってありますか?
テーマって意外とないんですよ。
「ないんですよ」って言っちゃうのもあれなんですけど(笑)。ひとつの映画の中には色んなテーマが折り重なっていくものだと考えているので、結局、書いているうちに生まれてきますね。
最近、特に思うのは、自分の中で気になったり、疑問を抱いたりすることって、やっぱり昔と変わらないんです。
だから、今考えている企画のひとつは、『ある船頭の話』で描こうとしたことと似ているし、いまだにそこにとらわれているということですよね。でもそういうことだと思うんです。1本映画を作っただけで問題が解決されるはずがない。それこそ、時代が簡単に変わらないんだから、提起したい問題も簡単には変わらないですよね。そういった問題意識への挑戦は長く続いていくものなのかなって思いますね。
取材・文・構成 / 小倉靖史
撮影 / 藤本礼奈
深い森の奥にある重度障害者施設。ここで新しく働くことになった堂島洋子は“書けなくなった”元・有名作家だ。彼女を「師匠」と呼ぶ夫の昌平と、ふたりで慎ましい暮らしを営んでいる。洋子は他の職員による入所者への心ない扱いや暴力を目の当たりにするが、それを訴えても聞き入れてはもらえない。そんな世の理不尽に誰よりも憤っているのは、さとくんだった。彼の中で増幅する正義感や使命感が、やがて怒りを伴う形で徐々に頭をもたげていく――。
監督・脚本:石井裕也
原作:辺見庸「月」(角川文庫刊)
出演:宮沢りえ、磯村勇斗、長井恵理、大塚ヒロタ、笠原秀幸、板谷由夏、モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子、二階堂ふみ、オダギリジョー
配給:スターサンズ
©2023『月』製作委員会
公開中
公式サイト tsuki-cinema.com