世に問うべき問題作、辺見庸の同名小説を原作とした映画『月』が10月13日に公開された。
本作は2016年7月26日に起きた「障害者施設やまゆり園殺害事件」がベースとなっている。当該事件は、当時26歳の植松聖が、同施設に刃物を所持し侵入。入所者19人を刺殺し、入所者・職員あわせて26人に重軽傷を負わせた大量殺人事件だ。
小説では、入所者の「きーちゃん」と事件の犯人である「さとくん」の視点で描かれているが、映画では原作小説を再構築し、磯村勇斗演じる、さとくんの他、宮沢りえ演じる元ベストセラー作家の堂島洋子、その夫でアニメーション作家の堂島昌平にオダギリジョー、さとくんとともに障害者施設で働く、小説家志望の坪内陽子に二階堂ふみの4人をメインキャラクターとして登場させ、オリジナル要素を盛り込み、誰もが目を背けたくなる現実を突きつけている。
監督は文庫版「月」の解説に寄稿している、石井裕也が務めた。今回のインタビューは、その解説文を読み、石井監督に映画化をオファーした故・河村光庸プロデューサーの事務所、スターサンズで行われた。この映画が投げかける問題提起に対して、そしてこの映画に対してオダギリさんは何を語るのか。
いつも何かしら挑戦していたい
ーー2021年制作の映画『茜色に焼かれる』の初号試写の際、石井裕也監督は、本作のオファーを受けたそうです。石井監督作品の『アジアの天使』にも出演されているオダギリさんも、そのあたりでオファーを受けられたんですか?
あまり覚えていないですけど、脚本が書き上がってからのオファーだったと思います。
ーー石井監督とは親しい間柄だと伺いました。石井さんはオダギリさんにとってどのような存在ですか?
とても大切な映画監督だと思っていますね。オリジナルの作品を書いて撮れる、稀有な作家だと思いますし、作品ごとに毎回ちゃんと勝負してくれる。ああいう監督がいる限り、”日本映画はまだ大丈夫だ”と安心させてくれる監督のひとりですね。
ーー”勝負する”というのは、作品のテーマという意味合いですか?
テーマだけではなく、それぞれの側面で「戦っている」んですよね。モノづくりにおいて、挑戦は常に付きまとうものだと思いますが、そういった姿勢が自分に近いものを感じています。
ーーオダギリさんは、明確な何かに挑戦したいことがあったりするんでしょうか?
挑戦する事がなければ、その仕事は受けていないと思います。例えば、俳優であれば、経験したことのない困難なものの方に惹かれてしまうところはあるかもしれないですね。
ーーこの映画は実際にあった事件がもとになっています。同じようなテーマの別作品と今作『月』は、どのあたりが違うとお考えですか?
ここまで正面から、あの事件に向き合った作品はないんじゃないでしょうか。さとくんという役が最後の凶行に至る心の流れを冷静に見つめ、冷静に描いた作品は他にないと思います。
ーー本編ではさとくん以外にも、オダギリさんが演じている昌平にも、宮沢さんと二階堂さんが演じたふたりの“ようこ”にも、違う立場ながら、それぞれに思うことがありました。中でもオダギリさん演じた昌平は、唯一、観客の入り口になっているような印象を受けました。ご自身は昌平という役どんなように捉えて演じられていましたか?
4人のキャラクターの中で、唯一障害者施設の内情を見ていない、そういった闇を知らないキャラクターですからね。そういう意味では、観客と同じ立場にいると思います。監督は、「この作品における唯一の『希望』を昌平に見出している」とおっしゃっていたので、そういう部分は大切にしようと思っていました。
ーーその役を担うにあたって、具体的に準備したなどのアプローチはありましたか?
監督から「施設の見学に行きますか?」って誘われもしたんですけど、唯一内情を知らない役柄でもあるので、”それを知ってしまうのもどうなのかな?”と思い、行かなかったんです。監督から「では、映像を用意しましょうか?」とも言われたんですが、それも結局見なかったですね。少なからず影響を受けてしまうものなので。