自分にとっての“ネイティブな音楽”とは
――大友さんのルーツになった作品や影響を受けた作品を教えてください。
大学生の時のある同級生からはすごく影響を受けています。彼と仲良くなってから2年ぐらい経ったある日、「僕、実は日本人じゃなくて韓国人なんだ」と告白されたんですけど、それまでそういうことに疎かったので、彼が何を悩んでいたのかもまったくわからなかったんです。それ以来、物事を考えるスイッチが入りました。そんな彼に薦められた『ことばと国家』という本からは大きな影響を受けています。
――どういった本なのでしょうか?
岩波新書から1981年に出版された、言語学者の田中克彦さんが書かれた本で、すごく興味深い内容なんです。例えば日本語や韓国語、中国語、英語といった感じに国境で言語が区切られているように見えますよね。だけど、もともとはシームレスに少しずつ変化しているものなんです。例えば、フランスは本来、多種多様な言語が使われていた地域ですが、フランス語が言語的に統一されることが実は国境線を引いていくことでもあるというか。すみません、ちゃんと説明できないですが、ぜひ読んでみてください。ここに書かれている言葉のことは、実は音楽のあり方とまったく同じなのではないかと思ったんです。本来、音楽というのは地域に根ざしたものしかなかったはずなんです。ジャズだったらニューオリンズが発祥の地ですし、民謡だったら村ごとのものがありますよね。それに対してポップスと呼ばれている音楽に関しては最初から地域を越境していて、ときに国境も越えてしまう。
――それに世界中でヒットしているポップスのほとんどが英語ですよね。
ラジオやレコードによって世界中で英語のポップスが広まって国境が取り払われていくように流行していった。それとさっきの言語の話はすごく似ていると思ったんです。メディアを通して英語が世界中に広がりましたが、同時にそれは軍事力とイコールなんじゃないかなって。ロックやジャズが素晴らしかったから広がったというだけじゃなくて、軍隊の強い国の音楽が結局は世界を席巻していく。実際にポップスも売上という経済の力が原動力にもなるわけですから。でも、20世紀はそんな時代だったかもしれないけど、別のポップスのあり方があってもいいんじゃないか。力とはおよそ遠い音楽の小さなあり方があってもいいんじゃないか。そんなことを『ことばと国家』を読んで考えさせられました。
――それは音楽作りにも影響しましたか?
かなり影響していると思います。例えば母親が話す言語を子どもが覚えてしゃべるのを母語というんですが、これ要は、自分にとってのネイティブな言語とはなにかってことなんです。日本語みたいなおおざっぱなくくりじゃなくて、東北訛りとかも含めての国境で考えない言語のことです。だとしたら、自分にとってのネイティブな音楽ってなんなんだろうと。日本の音楽史を辿ると能や狂言、浄瑠璃や長唄などがありますけど、僕にとってそれはネイティブな音楽ではないし、いまどきそれがネイティブな音楽だという人は日本にはほとんどいませんよね。そうなると自分にとっては60年代の歌謡曲やテレビの劇伴の音楽がネイティブということになるので、そのあたりの歌謡曲やテレビの音楽について深く調べたり、自分にどう影響を与えてるのかってことを、自分なりにものすごく考えました。それも『ことばと国家』の影響です。『ことばと国家』に限らず田中克彦さんの著作はいまの僕の考え方の基本のひとつになっているといます。いまの世の中、なんだかマズい方向に向かっているような気もするので、改めてこのあたりのことを丁寧に考えたいし、自分なりの方法で向き合ってみたいと思っていますよ。
取材・文/奥村百恵
撮影/名児耶 洋
1959年、横浜生まれ。ノイズや即興演奏、ポップスなど多種多様な音楽をつくり、世界を舞台に活動中。東日本大震災後は、10代を過ごした故郷・福島での活動で2012年に芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門を受賞。映画やテレビの音楽も手掛け、2013年のNHK連続テレビ小説『あまちゃん』で日本レコード大賞作曲賞など数多くの賞に輝いた。最近の主な作品に『俳優 亀岡拓次』(16年)、『月と雷』(17年)、『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』(18年)、NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(19年)など。
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監督・脚本・編集:大森立嗣
音楽:大友良英
出演:YOSHI 菅田将暉 仲野太賀 奥野瑛太 豊田エリー 植田紗々 國村隼
配給:東京テアトル
2019年9月6日(金)公開
©2019 映画「タロウのバカ」製作委員会
公式サイト:www.taro-baka.jp