Sep 15, 2017 interview

渋谷直角×大根仁監督 なぜ”奥田民生”でなければダメだったのか?

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民生ファンがビビるくらいの
渋い路線を攻めようと思った

 

小柳 映画のシリアスで革新的なところから話をしましたが、映画化するにあたって、この原作の“状況”を整わせる為のいろいろな仕掛けについて、もう少しお聞かせください。そもそも「奥田民生」じゃなきゃいけなかった理由は、何だったんでしょうか?

渋谷 もともと僕が好きな存在だったことが大きいです。でもずっと自分からは全然遠い存在のように見えるヒトだった。それが自分が40代周辺に入った頃にインタビューをする機会があったんですけど、急に言っていることがすごく分かるなと共感することが結構あったんです、これまでも何度かインタビューさせていただく機会はあったけど、なんかこう、いまいち掴みづらかったんですよね。「その境地には自分は辿り着けないかもな」って。でも、40代になったとき、ようやくわかってきて、それで「真逆の方向から、奥田民生さんのような存在に近づくことができないかな?」と思い始めた時期があって、それで改めて奥田民生さんについて考えるようになったのが、マンガにおいては最初のきっかけですね。

渋谷 僕は人間観察というより、シンクロさせちゃうようなクセがあって、ミュージシャンのヒトでも、もし自分があのヒトだったら、「今こんな気持ちかなあ」とか、「こういうのに悩むのかなあ」とか考えちゃうんですよ、勝手に(笑)。で、3年前はよく民生さんのことを考えたり聴いたり、奥田民生になりたいな、って結構みんなも思うよな、って考えたりしていて。その時に『SPA!』で漫画を書くことになったので、奥田民生さんになりたいようなことを真正面から書いている漫画はないし、自分はそういうマンガを読みたいなと思ったので、そういうのをやろう、って。けれどそれだけだと長編として保たない部分もある、って話に編集さんとなって、じゃあ、「奥田民生になりたい気持ちを一番邪魔してくるものは何か」と考えた時に「出会う男をすべて狂わせる女性」じゃないかな、って(笑)。

大根 そうだったんだ。

小柳 大根さんは、この話は、初めてお聞きになった感じですか?

大根 そうですね。自分も“漫画読み”として、もちろん『ボサノヴァ~』も大好きで(あの短編で描かれていた)松本人志を崇拝する男とか、バンプ(オブ・チキン)に憧れる男とか、あの感じはシニカルで距離がありましたよね。でもこっち(奥田民生になりたいボーイ)は対象に寄り添っている。自分にもそこに共感できる要素があったからだと思いますが、この作品により魅かれたのは、パーソナルで、登場人物がよりパンツを脱いだ感じがあったから。

 

(C)2017「民生ボーイと狂わせガール」製作委員会

(C)2017「民生ボーイと狂わせガール」製作委員会

 

「ある種、民生っぽいね」と言われるのは
すごく嬉しい言葉じゃないですか

 

小柳 わかります。僕も(漫画を)読みながら、あの頃の時代を思い出しました。90年代後半くらいに民生さんがソロになった頃は、この漫画で登場するような“おしゃれ雑誌”では、そんなに取り上げてなかったんですよ。けれど『relax』とも所縁の深かったデザイン集団「groovisions」の原(徹)さんなんかがすごく奥田民生が好きで、それがきっかけで民生熱がその周辺で盛り上がっていって。それで『relax』でも取り上げるようになって。なんとなくあの頃の時代感を、「民生的なもの」、つまりゆるいけれど泰然自若しているというカッコよさというか、そういうものが象徴的に担っている部分があったかもしれません。

渋谷 2004年だったかな…、『relax』時代に、奥田民生さんにインタビューしたときは、やっぱりあの飄々としている感じが掴みきれなかったんですよね。自分も20代後半で、まだ肩に力が入っていて、弱みを見せないように気負っちゃってるようなところがあった。その頃は、「自分はこういう人には絶対になれないな」と思っていました。

小柳 それが自分の年齢が上がるにしたがって“リアル民生愛”みたいなものが芽生えてきたみたいなことですか。

渋谷 それって、だんだん、「ここを押さえていれば、あとはどうでもいいんじゃないの?」みたいなこと? そういう意味では、確かに、力の入れ方、抜き方が感覚でわかるようになってきたんですよね。そういうことを、10数年前から民生さんは仰っていたんだと思うんですけど、僕には40歳くらいになるまで理解できなかった、ってことです(笑)。だから、今は「楽しそうにやってるよね」って言われたりもたまにするようになったので、「もしかしたら近づけてるのかなあ」って。「民生っぽいね、ある種」って言われたらすごく嬉しいじゃないですか?

小柳 そうか。『ボサノヴァ~』の時のシニカルな感じとはまたちょっと違いますよね。それで原作がもともと連載ということもあったかもしれないけど、民生のアルバムに合わせてストーリーが連動していますよね。それはチョックンの編集者的な感覚からですよね。

渋谷 編集的な考え方はちょっとあるかもしれないです。でも、こういうマンガ描くんだったら、奥田民生さんの最新作までカバーしないと(ファンに)舐められるというか、怒られるんじゃないかって思うじゃないですか。『さすらい』とか『イージュー★ライダー』くらいしか出てこなかったら、僕も読んでて「こいつはニワカか!?」って思っちゃうし(笑)。マンガに登場する曲も、ファンが見ても割とシブイとこを攻めたいなと思ったし、これで奥田民生のアルバムをまた聴いてくれ、みたいなところもあったし。

大根 いやぁ、俺もアルバムほとんど聞いていますけど、原作の先生がすごくひねくれた選曲をするので(笑)、「あれってタイトル何だったかな、これか」みたいな感じで進めましたね。もしこれを深夜ドラマでやってくれと言われたら、漫画と同じ構成にしていたと思いますけど。毎回アルバムがサブタイトルになって。でも今回は映画なので、もう少しシャッフルする感じでいきましたね。

渋谷 でもねえ、映画観ると、『CUSTOM』って曲一発で説得力バッチリあったんですよね(笑)。あんなに色々こねくりまわして考えたのに、“『CUSTOM』バーン!”で良かったんだ!……って思って(笑)。そこは大根さんのバランス感覚で、すごく勉強になりました。

小柳 なんかすごいところ攻め続けたなという感じがしましたよね。

大根 単純に今のコーロキの頭の中で鳴っている曲というところで選んだのですけどね。そこは映像が紙媒体よりも勝る利点かもしれない。

 

 

聞き手 / 小柳帝、撮影 / 関めぐみ、構成 / otoCoto編集部

 

 

プロフィール

 

プロフ写真_MG_2245

渋谷直角(しぶや・ちょっかく)

1975年、東京都生まれ。数々の雑誌でコラムや漫画を執筆。『週刊SPA!』(扶桑社)『GINZA』(マガジンハウス)『CREA』(文藝春秋)などで連載中。最新刊は『デザイナー渋井直人の休日』(宝島社)、『コラムの王子さま(42さい)』(文藝春秋)。愛称はチョックン。

 

大根仁(おおね・ひとし)

1968年、東京生まれ。映画監督、映像ディレクター。これまでに手がけた主な作品はドラマと映画『モテキ』、映画『恋の渦』(13)、『バクマン。』(15)『SCOOP』(17)ほか。また、ドラマ『ハロー張りネズミ』や映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の脚本も担当している。

 

小柳帝(こやなぎ・みかど)

1963年、福岡県生まれ。ライター、編集者、翻訳者。マガジンハウス他、数多のカルチャー・ファッション誌で健筆を振るって来た。渋谷直角とは『relax』時代に親交を深めた。主な編・著書に『モンドミュージック』、『ROVAのフレンチ・カルチャー A to Z』、『小柳帝のバビロンノート』、翻訳書に『ぼくの伯父さんの休暇』がある。

 

作品紹介

 

(C)2017「民生ボーイと狂わせガール」製作委員会

(C)2017「民生ボーイと狂わせガール」製作委員会

映画『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』

渋谷直角によるサブカル漫画を、妻夫木聡&水原希子を迎え、映画『モテキ』の大根仁監督によって実写映画化した作品。「力まないカッコいい大人」の象徴・奥田民生に憧れる編集者のコーロキ(妻夫木)は、家電雑誌からライフスタイル雑誌の編集部に異動になって、おしゃれ度の高い文化に困惑するが、前向きに仕事に取り組んでいる。ある日、仕事で出会ったファッションブランド広報の美女・天海あかり(水原希子)に一目惚れしたコーロキは、あかりに見合う男になるべく奮闘するが、あかりの自由すぎる言動や小悪魔的な魅力に振り回され、身も心もボロボロになっていく。

スタッフ
監督・脚本 大根仁
原作 渋谷直角
配給 東宝

キャスト
妻夫木聡(コーロキ)
水原希子(天海あかり)
新井浩文(吉住)
安藤サクラ(美上ゆう)
松尾スズキ(編集長・木下)

9月16日(土)、全国順次公開予定。

 

原作紹介

 

書影

コミックス『完全版 奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』

映画化を記念して、大幅加筆した完全版として発売。
●カバーデザインを一新!
●50ページ以上! 著者渾身の大幅加筆!
●物語の舞台となったライフスタイル雑誌編集部「マレ」。創刊から休刊までのリアルすぎるクロニクル。映画に登場する「マレ」の表紙デザインや記事ページも公開!
●渋谷直角による映画化までの道のり日記
などなど、大充実の内容に。