Jul 31, 2017 interview

SFというジャンルだけでは括れないユニークな作品 映画『スターシップ9』アテム・クライチェ監督ロング・インタビュー

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スペイン映画『スターシップ9』は、20年に及ぶ孤独な宇宙の旅から一転、驚愕の事実を目の当たりにする女性と、彼女を守ろうとする技術者の男性、その逃避行と勇気ある決断を描く佳品である。これを発案し、映像にまとめたのが、脚本家として実績を積んできた俊英アテム・クライチェだ。2012年に米ヴァラエティ誌による「注目すべきスペイン人映画製作者トップ10」に選ばれた才人であり、今回の作品が記念すべき長編映画監督デビュー作。将来の飛躍が期待される欧州の有望株、その個性、作家性をじっくりお届けする!

 

──この映画は環境問題を含め社会的問題意識が強く、映画的にも効率のいい工夫がなされている作品です。ある程度、人生経験を積まれた方の手際ではないかと勝手に推察していましたが、実際にお目にかかると想像以上にお若く見えますね。

今、40歳になるんだ。とても若いとはいえない年齢だけど、ちょっとは若いのかな(笑)。

──SFを想起させる日本題名がついていますが、単純にSFというジャンル分けが許されないユニークな視点が息づいている作品です。

僕の場合、脚本だけを担当した以前の作品でも、物語の入口で特定のジャンルの語り口や表現を使いながら、あとでそのスキームを壊して、そこから外れていくことが多いんだ。『ヒドゥン・フェイス』(2011/アンドレス・バイス監督)も『ゾンビ・リミット』(2013/マヌエル・カルバージョ監督)も、ホラーのような始まり方をしているんだけど、やがて別のジャンルへ変わっていった。今回も最初こそサイエンス・フィクションの要素を盛り込んでいるけど、20分ほど経つと、新しい映画の顔が出てくる。そういう転換をさせることが僕の好きなやり方なのさ。最初はエレナ(クララ・ラゴ)の視点で進むんだけど、彼女が宇宙船から出た途端、また視点が変わるという構成にしてあるんだ。

──より作品の本質、すなわちあなたが描きたいものへ向かうために、ミスリードとして特定のジャンルが入口に使われるというわけでしょうか。

どういうふうに物語を展開させた方が観客に魅力的に映るのかを考えた結果なんだ。脚本を書くときは、観客の視点に立つようにしている。わざとミスリードしていくというよりは、アプローチとしていろんなジャンルを使っているというべきだね。今まで短編映画の監督もしてきたんだけど、それらも同じような構成になっている。ファンタスティックなものから現実的な問題をめぐるストーリーになるんだ。『ヒドゥン・フェイス』には幽霊、『ゾンビ・リミット』にはゾンビが出てくるけど、決してそのままにはならない。どれも現実の中で現実の問題を解決していくんだ。

 

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──観客によって見方の変わる映画にもなっています。ある人にはSFのままでしょうけれど、ある人には現代の環境問題を扱った映画でしょうし、ラブ・ストーリーとしての側面も見いだせます。

日本に来て何人かのインタビューを受けたけれど、彼らの話を聞いていると、この映画はいろんな受け取り方をされているんだなと感じたよ。ラブ・ロマンスに焦点を当てて質問をする人もいれば、目的のためならどんな手段でも正当化するのかと尋ねた人もいた。人類のためとはいえ、ヒロインが実験用のモルモットにされている設定だからね。日本用のポスターを見るとSF作品を思わせるけど、スペイン版は全然違う。何を「売り」にして考えているのかが違うのだから当然だろう。観客の印象も必然的に変わってくるし、いろんな視点も生まれるわけさ。僕がこの映画で最初にイメージしたのは、ある人間が閉鎖された場所で育ち、そこから出て行ったとき、初めて今まで自分が現実だと思っていたことが全くのでっち上げだとわかり、新たな人生を始めていくというものだった。閉鎖された場所というのが、この映画では宇宙船に当たるわけだね。もうひとつのコンセプトは、ふたりの孤独な男性と女性が互いに救い合うというもの。このふたつが根っこだった。僕にとって映画は木のようなもの。木も映画も成長する。根っこからいろんな方向に枝を伸ばしていく。この映画がこれからどう成長をしていくのか、それは私にもわからないな。

──つまり、よく言われているように、映画は観客が見ることで完結するわけですね。

映画に限らず、本も同じだと思う。作品というのは、受け手の視点が加わって初めて完成するんだ。

 

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──映画として感心したのは無駄が極めて少ないことでした。登場人物も美術セットも過不足がない。限られた製作費をうまく使っているという印象です。その工夫を感じることも見ていて実に楽しい。

ありがとう。そのとおりだ。この映画はスペインでは平均的な予算で製作されている。中規模の作品といえるかもしれない。SFを作るという点では非常に小規模の予算しかなかったといえるだろう。だからこそ、詳細に準備を行った。まず僕が製作側に要求したことは、脚本を書き始める段階で美術監督と作業を始めることだった。撮影の始まる2年前くらいから美術監督のイニーゴ・ナヴァロの起用は決まっていて、ずっとヴィジュアルについて話し合ってきたんだ。お金のかかる特殊効果は使えなかったからね。なるべくヴィジョンを明確にした上で、実際の撮影でそれがかなうように工夫したんだ。撮影のほとんどはコロンビアのメデジン市で行ったんだけど、セットはあまり組まず、ロケ地の環境をそのまま使っている。それも話し合いがしっかりできていたからこそなんだ。