——日本人がデンマークの王子ハムレット役をやるのも、相当タフな作業ということですね。『ハムレット』は、最近では2年前にオール・アフリカン・キャストで上演して評判になりましたね。
はい。西アフリカを舞台に設定したことで、戯曲のある部分、たとえば死者と生者の関係のありようが、英国よりも説得力をもって描けましたし、人がどんどん死んでゆく戯曲の展開も、政情が不安定で一触即発の気配がある西アフリカにすることで、リアリティが感じられました。
今回、日本の劇場サイドから「日本を設定にするのはやめてほしい」と言われたのが興味深かったんですが、僕自身も、まだ日本のことをよく知らないので、設定を日本に置き換えることは、賢明ではないと理解しています。こういうアイデアは、もっと日本をよく知ってからでないとね。
『ハムレット』については、17歳の時に高校でハムレット役をやったのが、最初の出会いなんです。ケンブリッジ大の学生だった19歳の時に初めて演出した作品も『ハムレット』でした。これは評判がよくて、韓国やワシントンD.C.でも上演されたんですよ。そう、それがきっかけで、演出家になったんです。あれから30年も経つのに、いまだに『ハムレット』に囚われているとはね(笑)。
——初めてハムレットを演じた時は、どんな気分でしたか。
シェイクスピアが、どれだけエネルギーと助けを自分にくれているかを実感しました。なんだかシェイクスピアに、とても歓迎されている気がしたんですよ。ハッピーなスタートでしたね。
これまで、いろいろな作家の作品を上演してきて、今年の夏もロンドンのナショナルシアターで現代作家の新作を演出することになっていますが、近年、自分の中で、またシェイクスピアへの想いが強まってきています。「いま僕の表現の”滝”は、シェイクスピアに向かっている!」という感じ。うーん、どうしてだろう。なんだか、シェイクスピアのことをとても素晴らしい仲間だと思えるんですよね。
蜷川さんは、シェイクスピアがいかにスプリングボード(=飛躍のきっかけ)になり得るかということを、示してくれました。勇敢に挑めば、シェイクスピアと一緒に楽しく踊るようなことだってできるんだ、ということを教えてくれたんです。
——どんなに大胆な解釈による演出をしようと、シェイクスピアなら戯曲の本質が揺らいでしまうようなことはないと。
シェイクスピアには、ちょっと聖書のような趣があるとさえ思います。彼の戯曲の核には、とても大きな余白があって、「こうである」と断定することができないようになっているんです。ということは、俳優も演出家も観客も、その余白を埋めることを許されているわけで、そのために招かれ、劇場に集っているのではないかと思うんですよ。
『ハムレット』の最初のせりふは、「そこにいるのは誰だ」。「あなたは何者?」という問いかけがなされた瞬間から、何かが動き始め、変化してゆくドラマです。
「自分は何者なのか」というのは、おそらく誰もが一生、自分の中で問い続けることだと思います。ハムレットとともにそれを考え始めることで、俳優も演出家も観客も、確かなエネルギーをもらうことができるはずです。
取材・文/伊達なつめ 撮影/森山祐子
英国出身の演出家。現在、英国演劇の中心的存在であるロンドンのロイヤル・ナショナル・シアターのアソシエイト・ディレクターで、今年9月からは、アメリカ・ワシントンD.C.のシェイクスピア・シアター・カンパニーの芸術監督に就任予定。西アフリカに設定を移した『ハムレット』(’17)、レイフ・ファインズ主演の『アントニーとクレオパトラ』(’18)など、ヒット作を連発させており、近年英国でもっとも注目を集める演出家のひとり。
シアターコクーン・オンレパートリー2019
DISCOVER WORLD THEATRE vol.6
『ハムレット』
公演日程:2019年5月9日(木)〜6月2日(日)
会場:Bunkamuraシアターコクーン
作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳:河合祥一郎
演出:サイモン・ゴドウィン
美術・衣裳:スートラ・ギルモア
出演:岡田将生、黒木華、青柳翔、村上虹郎、竪山隼太、玉置孝匡、冨岡弘、町田マリー、薄平広樹、内田靖子、永島敬三、穴田有里、遠山悠介、渡辺隼斗、秋本奈緒美、福井貴一、山崎一、松雪泰子
料金:S席¥10,500 A席¥8,500 コクーンシート¥5,500(税込・全席指定)
問い合わせ:Bunkamura 03-3477-3244(10:00~19:00)