ドヌーヴからの脚本についての指摘
――人気女優ということもあり、ファビエンヌの家族構成はかなりユニーク。フランスでは秘書が自宅にいつもいるものなんですか?
パーソナルアシスタントが家にいることは普通だそうです。それで最初は屋敷の中に秘書の寝室もあることにしていたんですが、ドヌーヴさんから「いまの時代は、彼の寝室はあの家にはないわよ」と言われました。
――『サンセット大通り』(50年)の大女優と執事の関係を思わせますよね。
そうなんです。最初、『サンセット大通り』のイメージで脚本は書いていたんですが、「20年くらい時代設定を新しくしたほうがいい」とドヌーヴさんに指摘され、直しています。
――初対面ではプロットを読まなかったドヌーヴですが、脚本の問題点はズバリと指摘する。現場での監督と女優としての関係はどうだったんでしょうか。
監督の指示には素直に従ってくれました。作品のためなら尽くすという側面も持っているんです、ドヌーヴさんは。いつも遅刻して現れるし、脚本は事前には読まずに当日になってからしか読まないし、それにすぐ帰りたがる。早く撮影を終えて、お酒を飲みに行きたがるんです(苦笑)。でも憎めなくてみんな許しちゃうんですよ。
ドヌーヴと樹木希林
――ドヌーヴ演じるファビエンヌは毒舌家ですが、すごくチャーミングな一面もあり、憎み切れない女性です。日本の観客は、是枝作品で母親役を演じてきた樹木希林さんを連想する人も多いんじゃないでしょうか。
この映画を観た方からは、「(ファビエンヌが)希林さんに見えた」と言われることがけっこうあります。僕自身も現場で演出していて、ちょっとだけイメージが重なることがありました。希林さんとドヌーヴさんはキャリアも演技のタイプもまったく違いますが、僕が脚本を書いていることもあってどこか繋がるものがあったのかもしれません。
――大女優は毒さえもチャーミングに扱うもの?
ドヌーヴさんはそうですね。
――スタッフに愛されているからこそ、第一線で活躍し続けているわけですね。
それはあるでしょうし、それだけでもないと思うんです。新しい作品にすごく貪欲で、いろんな国の監督も気にして映画を観ているんです。だいたい朝、現場に現れると、「あなた、あれは観た?」という会話から始まるんです。この映画は2018年秋の撮影ですが、そのころのドヌーヴさんはイ・チャンドン監督の『バーニング』(18年)やジャ・ジャンクー監督の『帰れない二人』(18年)についてよく話していました。アジア映画が好きで、まめに映画館に出掛けて観ているようです。
――お互いにリスペクトしているドヌーヴとビノシュの二大女優が演じる母娘の最後の対峙シーンは、感動的であると同時にエスプリも効いたものに。
あのシーンの二人の芝居は素晴らしかった。でも、この映画のキモであるあのシーンでさえ、ドヌーヴさんは脚本を読まずに現場に入ったんです。「これは朝まで撮影が続くかな」と心配していたんですが、テイク10で素晴らしい演技を見せ、それが本編に使われているテイクです。途中までどうなるかと思ってハラハラしてましたけど、最終的には素晴らしいものを見せてくれました。